おとうさんが かえったら

小川未明




 やけあとの、たがやされた ところには、みどりいろの むぎが ふさふさと しげって いました。また、やわらかそうに みえる わかなに、きいろの はなが さいて いました。
 しかし、まだ あとかたづけの してない ところには、おおきな いしなどが ころがって いました。こんなに あれて いる あきちだけが、ぼくたち どもの あそびば でした。
 ちょうど、おおきな いしの したから、すいせんが ねじれて あたまを だして います。その くきは、やせて いたけれど、つぼみを もって いました。もし、この いしさえ なければ、のびのびと して、うつくしい はなが さくで あろうにと おもうと、かわいそうに なりました。
 ぼくは、かおを ふくらまして、りょうへ ちからを いれ、うんうんと うなって、いしを どかそうと しましたが、いしは びくとも うごきませんでした。
「ああ。」
と、ためいきを ついて いると、いつ かえって きたのだろうか、あたまの うえを つばめが、ピイチク ピイチク、ほがらかに なきながら、とんで いました。
「ぼくも、おとうさんが かえったらなあ。」
と、とおい そらを みて、かなしく なりました。
「もう ちっとの あいだ がまんして おいで。ぼくが あした、みんなを つれて くるから。そして、この いしを どかして あげようね。」
と、ぼくは はなに むかって いいました。
 はなは、わたくしの ことばが わかったのだろうか、そよかぜに からだを かすかに うごかしました。
 ばんがた、ぼくは うちの ほうへ かえって いきました。しきいを またぐと、へやから ラジオの おとが して、にいさんの きいて いるのが わかりました。
「ただいま。」
と、ぼくが いうと、あちらから にいさんの こえで、
「たけちゃん、はやくおいで、いま、ラジオから、日本にっぽんむけの でんぱが はいったんだよ。」
と しらせました。そう きくと、
「ほんとう?」
と、ぼくは おぼえず さけんで、その そばへ かけよりました。
 だが、その ときは、おはなしが おわったばかりの あとで、なつかしい レコードが きこえて きました。
ほたあるの ひかり、まどの ゆき
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 そこで いっしょに きいて いらした おかあさんは、
「おとうさんも、あちらで この うたを おききに なって、たけしは、もう なん年生ねんせいに なるかなと、おもって いらっしゃるでしょう。」
と、おっしゃったので、ぼくは いっそう おとうさんを こいしく なりました。





底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社
   1978(昭和53)年2月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
底本の親本:「みどり色の時計」新子供社
   1950(昭和25)年4月5日
初出:「こどもペン」
   1948(昭和23)年4月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:笹平健一
2024年8月4日作成
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