すずめの巣

小川未明




 あるのことです。孝吉こうきちが、へやで雑誌ざっしんで、夢中むちゅうになっていると、
孝吉こうきちは、いないか。」と、おじいさんのばれるこえがしました。いつもとちがって、なんだかおこっているようです。
「はてな、どうしたんだろう。なんにもしかられるおぼえはないのに。」と、孝吉こうきちは、おもいました。
「はあい。」と、返事へんじをして、おじいさんのそばへいきました。
「おまえは、わたし大事だいじにしているらんのはちたおしたろう。」と、眼鏡越めがねごしにじっとかおをにらんでおっしゃいました。孝吉こうきちは、らないことですから、
「らんのはち?」と、こたえました。
らないことがあるものか。おまえよりするものがない。」と、おじいさんは、あくまで孝吉こうきちがしたとおもっていられます。
「あれほど、植木台うえきだいのぼってはいけないというのに、いつもあすこへいって、おまえはいたずらをしている。」
 孝吉こうきちは、よく屋根やね植木うえきならべてあるだいうえます。なぜなら、あすこはよくたってあたたかであるし、また遠方えんぽう景色けしきえて、なんとなく気分きぶんれするからでした。けれど、おじいさんの大事だいじにしている植木鉢うえきばちなどに一だってさわったことはありません
ぼく、ほんとうにりませんよ。」
「おまえは、昨日きのうであったか、あすこへてなにかしていたろう。」と、おじいさんはおっしゃいました。
昨日きのう?」と、孝吉こうきちは、かんがえました。ああそうだった。もうはるがやってくるのだとおもってみなみほうそらをながめていると、うす桃色ももいろくもがたなびいており、そして、そのしたほうに、学校がっこうおおきなかしのあたまが、こんもりとしてえたのでありました。
しげちゃん、ここから、学校がっこうのかしのあたまえるよ。」と、ちょうどそとあそんでいたしげちゃんにらせました。
「ほんとう?」
「だれが、うそをいうものか。」
ぼくのぼってていい?」と、しげちゃんがいったから、孝吉こうきちは、おじいさんに、植木台うえきだいへおともだちをせてもいいかとくと、おじいさんは、らんや、おもとがならべてあるし、ぼたんのつぼみにでもさわるといけないからと、おゆるしにならなかったのでした。
しげちゃん、はらっぱへいって、ボールをげてあそぼうよ。」と、しかたがないから、したいていったのです。
「ああ、そのほうがおもしろいや。はやこうちゃん、いらっしゃいよ。」と、しげちゃんは、いいました。それから、二人ふたりは、はらっぱで、ボールをげてあそんだのでした。ただそれぎりであって、自分じぶんは、植木うえきになどさわらなかったのでした。
「きてごらん。」と、いわれるので、おじいさんについて屋根やねてみると、なるほど、らんのすなつちがこぼれて、あたりにちらばっています。
「おかしいね。」と、孝吉こうきちも、あたまかたむけました。おかあさんでなし、おねえさんでなし、だれだろう?
「べつに、はちをころがしたのでもないな。」と、おじいさんは、らんのはちげていられました。
「おまえが、ぼうでもふりまわして、そのさきたったのだろう。」
ぼく、なんでぼうなどりまわすものか。」
「いや、だれでもいい。こんどしたら、おじいさんはゆるさないよ。」と、あたらしいつちを、らんのはちれていられました。
 翌朝よくあさでした。まだうすぐらいうちから、屋根やねですずめがチュン、チュン、いていました。
「そうだ、すずめかしらん。」と、孝吉こうきちは、おもったので、そっととこからて、雨戸あまどけてたが、もうすずめの姿すがたは、えませんでした。
 その、だいぶたってからです。学校がっこう運動場うんどうじょうで、孝吉こうきちや、ほかの子供こどもたちは、あのおおきなかしのしたって、はなしをしていました。
「このは、いくつくらい、ボールをべたろうね。」
ぼくたちの、げたのだけでも、三つくらいべているよ。」
 枝葉えだはがしげっていて、このなかまれたボールは、どこかにっかかるとみえて、それぎり、したちてこなかったのでした。そして、孝吉こうきちが、屋根やね植木台うえきだいからたのは、このいただきでありました。それが、はるになって、わったらしく、だいぶ枝葉えだはあいだがすいてられたのでした。
「あっ、あすこに、ボールがのっかっている。」と、一人ひとりすと、
「あすこにも、くろいものがある。あれもそうらしいね。」と、またほかの一人ひとりが、いいました。
「よし、ぼくのぼっていってろうや。」と、勇敢ゆうかんで、元気げんきで、木登きのぼりの上手じょうず小田おだがかしののぼりはじめました。小田おだは、したふとえだったとき、
「おい、だれか、ぼうってきてくれよ。」と、さけびました。孝吉こうきちはすぐはしっていって、小使こづかしつのそばにてかけてあったたけざおをってくると、小田おだは、それをうえからって、
「いいかい。とすよ。」といって、一つ、二つ、三つとボールをとしました。
「こんど、すずめのとすよ。」といいました。
「えっ、すずめの?」と、みんなは、うえていると小田おだは、さおをばして、いただきについているまるいものをとしました。
「わあっ。」と、いうこえがしました。しかし、もうすずめは、巣立すだっていませんでした。
「なんだ、みずごけがてきたぞ。」
 孝吉こうきちは、おじいさんが、らんの根本ねもといておいたみずごけだと、すぐわかりました。りこうなすずめはやわらかなみずごけのうえたまごんで、そだてたのでありました。はじめて、いつかのなぞがけたけれど、孝吉こうきちは、すずめをにくむになれなかったのであります。





底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社
   1977(昭和52)年10月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
底本の親本:「日本の子供」文昭社
   1938(昭和13)年12月
※表題は底本では、「すずめの」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2017年8月25日作成
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