海のおばあさん

小川未明




 大昔おおむかしのことでありました。うみのおばあさんといって、たいそうむずかしやで、すこしのことにもはらてるおそろしいおばあさんがうみなかんでいました。だれもあまり近寄ちかよりませんでしたから、おばあさんは、さびしかったのです。
 ちょうど、そのころ、やまに、またやまのおばさんといって、やさしいおばさんがんでいました。だれにでもしんせつで、にいらないことがあっても、わらっているというふうでしたから、小鳥ことりたちや、そらくもでさえ、おばさんをしたって、
「おばさん、きょうはいいお天気てんきですが、ご機嫌きげんはいかがですか?」と、いって、ってきました。いつも、おばさんは、たのしかったのです。
 あるとき、うみのおばあさんは、かぜ使つかいにたて、
わたしひとりぽっちでさびしいから、どうぞおはなしにいらしてください。」と、やまのおばさんのところへいってきました。
「それはおどくのことだ、さっそくいってあげましょう。」と、いって、やまのおばさんは、おおきなざるのなかあたらしい野菜やさいめずらしい果物くだものをたくさんれて、お土産みやげにしてうみのおばあさんのところをたずねました。
「よく、きてくれました。」と、おばあさんは出迎でむかえました。
「これは、やまれましたものですが、どうぞめしあがってください。」と、おばさんは、ざるにはいった土産みやげしますと、おばあさんは、
「これは、これは。」といって、まだたことのないものばかりなので、よろこびました。
 いろいろおはなしをして、おばさんがかえるときにおばあさんは、さかなかいして、
「これはすこしばかりだが、うみのものだからってかえってください。」と、いいました。おばさんは、おれいもうして、さて、さかなかいをなんにれていったらいいものかとかんがえましたが、なにもなかったので、
「おばあさん、すみませんが、そのざるをおしください。」と、いって、自分じぶん土産みやげれてきたざるをりてかえりました。
 やまのおばさんは、ざるのことなどわすれてしまいましたが、うみのおばあさんは、いつまでたってもおばさんが、ざるをかえさないのではらてていました。このことを、かぜ相談そうだんしましたが、かぜもあまりうみのおばあさんが、やかましすぎるとおもったので、ながしてしまいました。
 それからというもの、おばあさんのこころうみのこっていて、いまにも、浜辺はまべせるなみおとが、
「ざるかえせ――、ざるかえせ――。」と、なりつづけているのであります。





底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社
   1977(昭和52)年9月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「ドラネコと烏」岡村商店
   1936(昭和11)年12月
※表題は底本では、「うみのおばあさん」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年6月10日作成
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