真坊と和尚さま

小川未明




 夏休なつやすみのあいだのことでありました。
 がき大将だいしょう真坊しんぼうは、さきにたって、てらのひさしにをかけたすずめばちを退治たいじにゆきました。
「いいかい、一、二、三で、みんないっしょにいしげるのだよ、うまく命中めいちゅうしたものがえらいのだから。」と、いいました。みんなは、をまるくして真坊しんぼうのいうことをいていました。
「はちがいかけてくると、こわいな。」と、臆病おくびょうつねちゃんが、いいました。
いかけてきたら、たけでたたきとそうよ。」と、真坊しんぼうが、いいました。
「ああ、それがいいね。」と、えいちゃんが、同意どういしました。
「みんなが、たけやぶへいって、たけってこようや。」と、まことくんが、いいました。
「ああ、たけってこよう。」
 四、五にん子供こどもたちは、てらたけやぶへたけりにゆきました。やがて、てんでに、ごろの青々あおあおとした、のついているたけったり、ったりしてきました。
「さあ、これでいい。」
 そういって、みんなは、往来おうらいいしひろって、おてら境内けいだいかえしてゆきました。
「だれが、号令ごうれいをかけるの?」と、まことくんが、いいました。
「まあ、ちたまえ、ぼくは、それはうまいから、ひとつうまくあのててみせようか?」と、真坊しんぼうが、いいました。
 はらっぱで、野球やきゅうをするときに、ピッチャーをしている真坊しんぼうのいうことを、みんなは、だまってきながら、承認しょうにんしなければなりませんでした。
命中めいちゅうさしてごらん。」と、みんなは、いしにぎったまま、真坊しんぼうのするのをていました。
 真坊しんぼうは、ボールをげるときのように、片足かたあしげて、たかいひさしにかかっている、まるいはちのをねらっていしげました。いしは、まっすぐにひじょうなスピードをもって、うなっていったが、をはずれて、ひさしのいたたると、おおきなおとをたててはねかえりました。
 このおとが、あまりおおきかったので、みんなはびっくりして、そこから、もんほうかってしました。
しんちゃん、だめじゃないか、こんどぼくがうまく命中めいちゅうしてみせるよ。」と、えいちゃんが、いいました。
「ああ、みんなが一ずつやってみようよ。そしてたらなかったら、一、二、三で、いっしょにげることにしよう。」と、真坊しんぼうが、意見いけんしました。だれも、がき大将だいしょう意見いけん反対はんたいするものがありません。
「さあ、えいちゃん、うまくおてよ。」と、ほかの子供こどもたちは、えいちゃんをはげましました。えいちゃんはいしにぎって、足音あしおとをしのんで境内けいだいはいってゆきました。そして、うえいしげました。いしは、ふとはしらたって、あしもとへはねかえってちたので、あわててげてきました。
「こんど、まことくんだ!」
 やはり、いしは、うまくたりませんでした。最後さいごにいちばん臆病おくびょうつねちゃんでした。もとより、うまくたりっこがありません。
「さあ、みんなが、いっしょにげるのだよ。」と、真坊しんぼうは、いって、
「一、二、三っ。」と、号令ごうれいをかけました。
 いしは、散弾さんだんのように、はちのあてにんでいって、ばらばらとたりにたって、おおきなおとがしました。
 すると、同時どうじに、
「だれだ!」と、おおきなどなりごえがして、庫裏くりほうから、和尚おしょうさまがしてくるけはいがしました。
 みんなは、大急おおいそぎで、くびをすくめてげてきました。
明日あす、ラジオ体操たいそうにゆくと、和尚おしょうさまにしかられるかもしれない。」と、つねちゃんがいいました。むらでは、毎朝まいあさみんながてら境内けいだいあつまって、ラジオ体操たいそうをすることになっていました。
「わかりはしないや。」と、えいちゃんが、いいました。
「しかられたって、こわくないね。しんちゃん。」と、まことくんが、真坊しんぼうかんがえをききました。真坊しんぼうは、にやり、にやりと、だまってわらっていました。かれは、このあいだから、一人ひとりで、はちのかっていしげていたからであります。
「いいよ、しかられたら、ぼくだとおいいよ。」と、真坊しんぼうが、いいました。
しんちゃん、しかられたっていいのかい。」と、ほかの子供こどもたちが、ききました。
ぼくは、ゆかないから。」と、真坊しんぼうが、いいました。
しんちゃん、ラジオ体操たいそうにゆかないの? やすまずにいくと、ご褒美ほうびがもらえるのだよ。」と、つねちゃんが、いいました。
 くる、ラジオ体操たいそう真坊しんぼう姿すがたえませんでした。もう二、三にちで、わりになるのです。
 ところが、いちばん最後さいごに、真坊しんぼうは、やってきました。ともだちは、しばらくなかった真坊しんぼうがきたので、そばへってきて、
しんちゃん、どうしたんだい。ご褒美ほうびは、昨日きのうみんながもらったんだよ。」と、いいました。
「メダル?」と、真坊しんぼうは、つまらなそうなかおつきをしました。
「ううん、ミルクキャラメル。」
「キャラメルなら、ほしくないや。」と、真坊しんぼうは、にやりとわらいました。そして、体操たいそうわって、かえるときです。どこからてきたか和尚おしょうさまが、
「こら、真坊しんぼう! おまえのはここにある。」と、いって、ミルクキャラメルをくださって、真坊しんぼうあたまをくるくるとなでられました。
 このとき、真坊しんぼうは、和尚おしょうさまの厚意こういをうれしくおもって、こののち、はちのいしげまいとこころちかったのであります。





底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社
   1977(昭和52)年9月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「ドラネコと烏」岡村商店
   1936(昭和11)年12月
初出:「台湾日日新報」
   1936(昭和11)年10月31日
※表題は底本では、「真坊しんぼう和尚おしょうさま」となっています。
※初出時の表題は「真坊と和尚様」です。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年6月10日作成
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