ちょうせんぶなと美しい小箱

小川未明




 正吉しょうきちくんは、はじめて小田おだくんのうちへあそびにいって、ちょうせんぶなをせてもらったので、たいそうめずらしくおもいました。
きみ、このさかなはどこにっていたの?」
「このあいだ、おじいさんがりにきたのをったのだよ。」と、小田おだくんはいいました。
「こんどきたら、ぼくもおうかな。」と、正吉しょうきちくんは、あかずに、ちょうせんぶなのダンスをするのをながめていました。
「それよかきみ、あしたいっしょにさかなつりにいこうね。」と、小田おだくんはいいました。
「ぼくっているから、きみ、さそってくれたまえ。」
「ああ、おひるすぎになったら、じきにいくからね。」
 二人ふたりは、こうおやくそくをして、正吉しょうきちくんはやがておうちへかえっていきました。途中とちゅうおおきなかしのがありました。そのしたで、金魚売きんぎょうりのおじいさんがやすんでいました。
「あのおじいさんではないかしら。」と、正吉しょうきちくんはおもいました。
 ちかづいて、たずねました。
「おじいさん、ちょうせんぶなあるの?」
 たばこをっていたおじいさんはにこにこしながら、
「ええ、ありますよ。」と、こたえました。
「いくらですか?」
「三びきせんにおまけしておきますよ。」と、おじいさんはいいました。
 それをくと、正吉しょうきちくんは、おうちはしってかえってきました。
「おかあさん、ちょうせんぶなをうのだからおかねをちょうだい。」と、ねだりました。
「ちょうせんぶななんてあるのですかね。」と、おかあさんはおっしゃいました。
「とてもおもしろいですよ。ちょうどあたりまえのふなみたいなかたちで、みずなかうえへのぼったり、したへおりたりして、かわいらしいのだから。」といって、小田おだくんのところでてきたちょうせんぶなの説明せつめいをいたしました。
 そこへ、ねえさんのときさんがてきて、このはなしをききました。
わたしっているわ。しょうちゃんは、ちょうせんぶなをってきてどこへれるつもり?」と、ときさんはききました。
「うちの水盤すいばんなかれるよ。れてもいいだろう?」と、正吉しょうきちくんはねえさんのかおました。
 なぜなら、水盤すいばん自分じぶんひとりのものではなくて、きょうだいたちみんなのものであったからです。
「いけないわ。ちょうせんぶななんかれては金魚きんぎょをみんなってしまうじゃないの。」と、ときさんは反対はんたいしました。
金魚きんぎょなんかべるものか。」
しょうちゃんはまだらないのよ。太田おおたさんのおうちにもちょうせんぶながいたけれど、おなかがすくと、共食ともぐいをはじめて、つよいちょうせんぶなが、ほかのよわいのをみんなべてしまったというのよ。」
「そして、どうしたの?」
「そのつよいのが、いつのまにかどこかへいってしまって、いなくなったというのよ。」
「ねこにわれたんだね。」
はねがあるからとんでいったんだって、太田おおたさんがいっていたわ。」
 こんなはなしをきくと、正吉しょうきちくんは、なんだか自分じぶんにもいやなさかなのようにおもえたけれど、またそれだけかってみたいというもおこりました。
「ぼく、水盤すいばんれなければいいだろう。ほかのれものにれておけばいい?」
「だって、そんないやなさかななんか、わたし、かうのはきらいだわ。」と、ときねえさんは、正吉しょうきちくんのいうことに賛成さんせいしませんでした。
 これをおきになったおかあさんは、
「おなかまをべてしまうようなおさかななんか、よしたほうがいいでしょう。」とおっしゃいました。
 正吉しょうきちくんは金魚売きんぎょうりのおじいさんが、自分じぶんがひっかえしてくるかとおもって、ゆるりゆるりあるいているすがたをおもいうかべると、はやくいってやりたいので、だだをこねました。
しょうちゃん、そのかわりねえさんのだいじな、きりのばこをあげるわ。」と、ときさんがいいました。
「え、あのばこをくれるの?」
 正吉しょうきちくんがをまるくしたのも道理どうりです。ときねえさんのっているうつくしいきりのばこが、まえから正吉しょうきちくんはほしくてならなかったのです。それで、これまでたびたびほしいといったのですけれど、ねえさんはくれなかったのでした。
「ほんとうに、くれるの?」と、正吉しょうきちくんは、ねんをおしました。
「ええ、いやなちょうせんぶななんかかわなければね……。」と、ときねえさんはいったのであります。
「ぼく、ばこをくれれば、ちょうせんぶななんかわないよ。」と、正吉しょうきちくんはやくそくをしました。
しょうちゃんはばこをなににするつもり?」
「ぼくのいちばんいいものをれるんだよ。」
しょうちゃんのいいものって、なあに?」
 ときさんは自分じぶんのおへやから、だいじにしていたうつくしいばこをってきて正吉しょうきちくんにくれました。
 ところが、正吉しょうきちくんのるすのときでありました。おかあさんが、
「なんだろうね、このちゃだんすのあたりで、ガサガサいうのは?」と、おっしゃいました。
 ときさんがわらいながら、
昼間ひるまからねずみはませんから、なんでもないんでしょう。」と、いいました。
「いいえ、さっきからガサガサといっていますよ。」
 そうおかあさんにいわれてみると、ときさんも、さすがにうすきみわるくなりましたが、なんでもないのだとおもってちゃだんすのうえたり、をあけてなかたりしました。ちゃだんすのうえには、自分じぶんがきのうおとうとにくれてやったうつくしいばこがありました。
「ねえ、おかあさん、しょうちゃんが、なんかこのはこのなかれたのではないでしょうか?」
「さあ、あののことだからわかりませんよ。」
 ときさんはばこをってふたをあけてますと、なかからまっくろむしてきました。
「かわいそうに、かぶとむしがはいっていますのよ。」
「まあ、そうなの!」
 そのはこのなかにはしろざとうがれてありました。
 ちょうど、そこへ正吉しょうきちくんがかえってきて、おねえさんにしかられると、
「だって、かぶとむしは、くらい地面じめんあななかにはいっているだろう。」と、こたえました。
「じゃ、このはこは、かぶとむしのおうちのつもり?」
「ぼく、かぶとむしがだいすきだから、うつくしい御殿ごてんにしてやったのだよ。」
「はこのなかでは、いきができないでしょう。かぶとむしには、このはこが御殿ごてんではなくて、牢屋ろうやなのよ。さっきからくるしそうにもがいていたわ。」と、おねえさんがいいました。
「もがいていた?」と、正吉しょうきちくんはをみはりました。
 そして、正吉しょうきちくんは、かぶとむしをにがしてやろうと、もりなかへいきました。





底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
   1977(昭和52)年8月10日第1刷
   1983(昭和58)年1月19日第6刷
※表題は底本では、「ちょうせんぶなとうつくしい小箱こばこ」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
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