はちの巣

小川未明




 ある光子みつこさんはにわうえをあおぐと、青々あおあおとしたうめえだに二ひきのはちがをつくっていました。
「おとなりのいさむちゃんがつけたら、きっとってしまうから、わたしらさないでおくわ。」
 そうおもってていますと、一ぴきずつかわるがわるどこかへとんでいっては、なにか材料ざいりょうをくわえてきました。そして、一ぴきがかえってくると、いままでにとまってばんをしていたのがこんどとんでいくというふうに、二ひきちからをあわせてそのおおきくしようとしていたのです。
 そののち、光子みつこさんは毎日まいにちうめしたって、そのおおきくなるのをるのがなんとなくたのしみでありました。
「もう、今日きょうはあんなにおおきくなった。」
 しかし、それはほんとうにすこしずつしかおおきくならなかったのです。二ひきのはちがちいさなくちにくわえてきた材料ざいりょうを、自分じぶんくちからるつばでかためていくのでありましたから、なかなかたいへんなことです。けれど、はちは、たゆまずうまずに、あさばんをつくることに、いっしょうけんめいでありました。
 ところが、どうしたことか、そのうちにとまっているのがいつも一ぴきであって、もう一ぴきのすがたがえなくなったことです。
「どうしたんでしょう?」と、光子みつこさんはしんぱいになりました。
 光子みつこさんはおかあさんのところへはしっていきました。
「ねえ、おかあさん、はちが一ぴきいないのよ。いつも二ひきのがどうしたんでしょうね?」といって、きいたのであります。
「そうね、きっとそのうちにかえってくるでしょう。」と、おかあさんにもすぐにはわからなかったのでした。
「もう、ずっとかえってこないの。一ぴきがさびしそうにしているの。」と光子みつこさんは、なんだかひとりのこされたはちのうえおもうと、でなかったのです。
「どうしたんでしょうね。いたずらっにでもころされたか、わるいくものにでもかかって、かえれないのかもしれません。」と、おかあさんはおっしゃいました。
 ――わるいくも――ということが、すぐに光子みつこさんのあたまつよくひびいてきました。いつであったか、ひさしからえだにかけていたくものに、はちがかかって、とうとうくものためにころされたのをたことがあったからです。また、そのには、せみもかかれば、ちょうもかかったのでした。さいしょ、これらのむしがとんできて、えないほそいとあしをとらえられると、げようとしてもがきます。しかし、いくらあせっても、もちのようにいとがねばりついて、あしにからみつくばかりです。そのうちに、むしよわってしまう、そのとき、どこからかくろおおきなくもがあらわれてきて、するどいくちってしまうのでありました。
 そのありさまをおもいだすと、この勤勉きんべんなはちもそんなめにあったのではないかと、いたましいすがたが想像そうぞうされたのです。そればかりではありません。また――いたずらっころされる――というしんぱいも、ないではなかったのです。
 いつか、いさむちゃんがみずたまりへみずみにおりてきたはちを、っていたぼうでたたきおとしてころしたことがあったのです。
 いずれにしても、一ぴきのはちはなにかの不幸ふこうあって、もうかえってこないもののようにおもわれました。光子みつこさんは、また、うめしたにもどってきました。
「まだかえってこないのか。どうしたんでしょう、ひとりで、さびしくない?」といって、にとまっている一ぴきのはちにはなしかけました。
 けれど、ものをいうことのできぬはちは、ただにとまってじっとしているばかりでありました。ちょうどそこへ、いさむちゃんがあそびにきましたから、光子みつこさんはうめしたをはなれてしまいました。
光子みつこさん、まだうめがなっているね。もううめはあまくなった?」といって、いさむちゃんはうめあげました。
 光子みつこさんは、いさむちゃんがはちのつけたらたいへんだ、きっとそのままにしておかないとおもいましたから、
いさむちゃん、こっちへいらっしゃい。きれいなお人形にんぎょうさんをせてあげるわ。昨日きのう、よそのおばさんにいただいたのよ。」といいますと、いさむちゃんはにやけたまっくろかおをして、
「お人形にんぎょうさんなんか、いいよ。それより、ねこをつれておいでよ。」と、いいました。
 いさむちゃんは、ねこがだいすきなのでした。
「タマは、いまいないの。」と、光子みつこさんはタマをすまいとしました。
 なぜなら、いさむちゃんはあまりかわいがりすぎて、ねこをくるしめたからです。
「どこへいったの?」
 いさむちゃんは、おうちなかをのぞいていました。光子みつこさんは、タマがてこなければいいとおもいました。てきたら、またいさむちゃんがだいたりをひっぱったり、いやだといってげるのをむりにおさえて、そとへつれていってしまうだろうとしんぱいになったからです。
「きっと、おじいさんのところでしょう。」と、光子みつこさんはいいました。
 いさむちゃんは、光子みつこさんのうちでいちばんおじいさんがこわかったのです。だから、もうそれっきりねこのことをいうのをやめてしまいました。
光子みつこさん、あそびにいこう。」と、いさむちゃんがいいました。
「ええ、いきましょう。」
 光子みつこさんはいさむちゃんとかたをならべて、木戸きどをあけて、きらきらと草木くさきにかがやいている往来おうらいほうへとていきました。あちらには、としちゃんやよしさんたちがあそんでいました。すぐに、みんなはいっしょになりました。
はらっぱへポチをつれて、きちきちばったをりにいこう。」と、いさむちゃんがいいました。
 ポチはみんなのすがたをると、とんできました。そして、いきなりいさむちゃんにとびついていさむちゃんのかおをなめたりしました。
 はらっぱへいくと、ほかにも子供こどもたちがいて、きちきちばったをっていました。また、ほかのおんなは、じゅずだまってくびかざりなどをつくっていました。
わたし、じゅずだまがほしいの。いさむちゃんとってくれない?」と、光子みつこさんがいさむちゃんのいるところへきて、いいました。
 いさむちゃんはきちきちばったをらえて、ゆびのあいだにはさんでいました。
光子みつこさん、じゅずだまがほしいの? たくさんってあげるから、こんどタマをいじらせてくれる?」と、ききました。
 光子みつこさんは、いさむちゃんがねこをいじるのはしつこくてかわいそうだけれど、いじめるのではないから、「うん。」といって、承諾しょうだくしました。
「じゃ、このきちきちっていておくれ。」といって、ばったを光子みつこさんにわたして、自分じぶんくさむらのなかにはいりました。
 ポチが、まっさきになってとびこみました。
 光子みつこさんは、こちらにぼんやりとって、いさむちゃんがじゅずだまくきってくるのをっていました。としちゃんやよしさんは、あちらでまりぶつけをしていました。あおうみのようなそらには、しろくもがほかけぶねはしるようにうごいていました。
 このときです。
「あいた!」と、ふいにいさむちゃんのさけぶこえがしました。
「どうしたの?」と、光子みつこさんは顔色かおいろをかえて、自分じぶんくさむらのなかにかけよろうとしました。いさむちゃんは片手かたてにじゅずだまくきをにぎり、片手かたてでほおをおさえてかんばかりにしててきました。
「はちにさされた!」といって、からなみだをしました。
「はちに?」
 光子みつこさんは、わるかったとおもいました。
いさむちゃん、かんにんしてね。」といって、光子みつこさんはわびました。
 自分じぶんがじゅずだまってくれとたのまなければ、いさむちゃんは、はちになんかさされなくてもすんだのだとおもったからです。いさむちゃんは、じゅずだまのなっているえだ光子みつこさんにわたすと、きちきちばったをうけって、
「おかあさんに、おくすりをつけてもらうから。」といって、はしっておうちへかえってしまいました。
 光子みつこさんは、きゅうにつまらなくなって、じゅずだまえだをひきずるようにしておうちへかえりました。じゅずだまは、銀色ぎんいろに、むらさきいろに、さながら宝石ほうせきのようにひかっていました。
 おうちへかえってから、うめのはちをると、ひとりぽっちでをつくっていたはちとおなじなはちがいさむちゃんをさしたのだとおもうと、きゅうに、はちにたいする同情どうじょうがうすくなったけれど、また、そのしおらしいすがたをると、
「おうちのはちは、かわいそうなのよ。」と、ひとりごとをして、光子みつこさんはそのはちをまもっていました。
「これは、きっと、おかあさんばちにちがいないわ。」とおもうと、光子みつこさんのなかからしぜんにあついなみだがこぼれおちたのです。
 二、三にちたって、いさむちゃんは木戸口きどぐちから、「光子みつこさん!」といって、あそびにきました。
 まだ、ほおがいくらかはれていました。そのうちに、いさむちゃんはうめのはちのつけました。
「あ、はちがをかけているよ。」といって、いさむちゃんはうめあげながらちいさなふとゆびでさしました。
 光子みつこさんは、むねがどきどきしました。「さあ、たいへんだ!」とおもったからです。このあいだのいかりもあって、いさむちゃんはきっと、このはちのるにちがいないとおもいましたから、光子みつこさんがおどろいたのもむりはなかったのです。はたして、いさむちゃんはあたりをまわして、なにかぼうがないかとさがしていました。
「ねえ、いさむちゃん、このはちは、ひとりぽっちでかわいそうなのよ。」と、光子みつこさんはあわれっぽいこえで、いいました。
「ひとりぽっちなの?」と、いさむちゃんは、ふしぎそうにききかえしました。
「え、そうなの。二ひきでいたのが、一ぴきいくらっても、もうかえってこないの。」と、光子みつこさんはこたえました。
「ほんとう、どうしたんだろうな。」と、いさむちゃんはをまるくしました。
「いたずらっころされたのか、わるいくものにかかったんだろうって、おかあさんがおっしゃってよ。」
 いさむちゃんはなんとおもったか、だまって、たった一ぴきまっているのをていましたが、
「かわいそうにね。」といって、きゅうに、はちをいたわるようにながめていました。
「まあ、よかった! やはりいさむちゃんはやさしい。」と、光子みつこさんはこころなかおもいました。
いさむちゃん、あんまりタマをいじめちゃいやよ。」といって、光子みつこさんはおくからねこをだいてきました。
 いさむちゃんは、にこにこして両手りょうてしていました。





底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
   1977(昭和52)年8月10日第1刷
   1983(昭和58)年1月19日第6刷
※表題は底本では、「はちの」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
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