竹馬の太郎
小川未明
太郎は、お父さんや、お母さんのいうことを聞きませんでした。竹馬に乗ることが大好きで、毎日、外へ出て竹馬に乗って遊んでいました。
竹馬の太郎といえば、村じゅうで、だれ知らぬものはないほどの腕白子でありました。まだ、やっと六つでしたけれど、大きな子供の中にはいって遊んでいました。
「太郎や、そんなに外に出て、遊んでばかりいてはいけない。お家へはいってお母さんのおてつだいをなさい。」
と、お母さんは、いっても、太郎は、ききませんでした。
太郎が、竹馬に乗って、走ったり、また跳ねたりするのを見ますと、それは、ほんとうにおもしろそうでありました。
「よく、まあ太郎さんは、あんなに高い竹馬に乗れたもんだ。目がまわるだろう。」
と、見た近所の人たちは、驚いたのであります。
竹馬に乗って走ると、それは早いのでした。だから、太郎は、大きな友だちにまじって鬼ごっこをしても、めったにつかまることはありませんでした。
かくれんぼをするときは、高い木の枝の上に、ぞうさなく登れました。また、屋根の上へもあがることができましたから、太郎は、なかなか見つけられませんでした。
秋になると、田舎は、圃や、野原にかきの木があって、実が真っ赤にうまそうに熟しました。太郎は、高い竹馬の上から、手をのばして、いちばんよく熟したうまそうなのから取ることができたのです。
「太郎ちゃん、僕にも、一つ取っておくれ。」
と、下でほかの男の子が頼みました。
「ね、あたしにも、取っておくれよ。」
と、女の子も頼みました。
太郎は、みんなに取ってやりました。そのほか、くるみでも、くりでも、ほしいものは自由に取りましたから、その木の持ち主は、怒りました。
「太郎というガキは、よくないやつだ。みんなうちのかきを取ってしまった。」
といって、こんど見つけたら、ひどいめにあわしてやろうと思っていました。
持ち主は、いまくるか、いまくるかと、物蔭に隠れて、見張っていますと、太郎は、高い竹馬に乗ってあとからおおぜいの子供を引き連れてやってきました。
「このやろう、なんでうちのかきを、黙って取るのだ!」と、持ち主は、飛びだしました。
しかし、太郎は、急いで駈けて、あちらの小川を竹馬でやすやすと渡ってしまいましたので、持ち主は川のふちまでやってきて、どうすることもできませんでした。
村の人たちは、「太郎をしかってください。」と、何人も、太郎の家へやってきました。太郎のお父さんも困ってしまって、ある晩のこと、こらしめのために、雨戸を閉めて、太郎を家に入れませんでした。
その晩は、寒い、月のいい晩でありました。太郎は、しくしくと戸の外で泣いていましたが、そのうち竹馬に乗って、あちらの月の照らす明るい野原の方へ歩いてゆきました。
「太郎、どこへゆく。」と、空で、いったものがあります。仰ぐと、円い顔のお月さまが、じっと見ていられました。
「お月さま、僕は、さびしいから、あなたのそばへゆきたいものです。」と、太郎は、目に涙をためていいました。
すると、たちまち、空のかなたから、大きな、黒いとびのような鳥が飛んできました。そして、太郎をさらって、どこへとなく去ってしまいました。
太郎のお父さんは、太郎が、どうしているだろうと思って、夜中に、戸を開けてみました。けれど、太郎は、どこにもいませんでした。あくる日になって、村じゅうが、太郎は、どこへいったろうかと探すのに大騒ぎをしました。
野原の中に、太郎の乗っていた、竹馬が見つかったときに、太郎は、おおかみにでも食われてしまったのだろうといって、太郎のお父さんや、お母さんが悲しんで泣いたばかりでなく、村じゅうのものが、かわいそうに思いました。
冬になって、雪が降りました。村の子供はある朝雪の上が凍った日に、二、三人竹馬に乗って、野原の方へやってきました。
すると、あちらに、高い竹馬に乗って一人で遊んでいる小さな子供を見つけました。
「太郎ちゃんが遊んでいる。」
と、一人が叫びました。
「あ、太郎ちゃんだ。」
といって、みんなは、その方に、急いでゆきますと、小さな子供はあわててあちらへ、逃げていってしまいました。
子供らは、村へ帰ってから、そのことを話しますと、
「きつねが誑まして、おまえがたを連れてゆこうとするのだ。」と、大人たちは、みんなを戒るように、いいました。
底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社
1977(昭和52)年2月10日第1刷発行
1977(昭和52)年C第2刷発行
底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院
1924(大正13)年11月20日
初出:「童話」
1924(大正13)年1月
※表題は底本では、「竹馬の太郎」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:栗田美恵子
2020年8月28日作成
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