三つのお人形

小川未明





 外国人がいこくじんが、人形屋にんぎょうやへはいって、三つならんでいた人形にんぎょうを、一つ、一つにとってながめていました。どれも、おな人形師にんぎょうしつくられた、たましいのはいっているうつくしいおんな人形にんぎょうでした。
 一つは、すわっていましたし、一つはっていました。そして、もう一つは、をあげておどっていたのであります。
 どれをったらいいだろうかと、その外国人がいこくじんは、ためらっていましたが、しまいに、つつましやかにすわっているのをうことにしました。それをはこにいれてもらうと、大事だいじそうにして、みせからていってしまいました。
 のこった、二つの人形にんぎょうは、たがいにかお見合みあわせました。そして、そばに、だれもいなくなると、おはなしをはじめたのです。
「とうとう、あのかたは、いってしまいましたね。」
「わたしたちは、いつまでもいっしょにいたいとおもいましたが、だめでした。このつぎには、だれがさきにおわかれしなければならないでしょうか……。」
 二つの人形にんぎょうは、心細こころぼそそうにいいました。しかし、こうなることはわかっていたのです。うつくしい、三つの人形にんぎょうが、はじめて、このにぎやかなまちみせさきにかざられたとき、とお人々ひとびとは、おとこも、おんなもみんないてゆきました。きれいなおじょうさんや、おくさまたちまでが、うっとりととれてゆきました。人形にんぎょうは、なかに、自分じぶんたちほど、うつくしいものはないとおもうとはなたかかったのです。そして、だれでもが、にこやかなかおつきで、やさしいをして自分じぶんたちをながめますので、どこへいってもかわいがられるものとかんがえました。
「どんなひとに、わたしは、つれられてゆきますかしらん。」と、三つの人形にんぎょうは、口々くちぐちにいって、すえのことを空想くうそうしますと、なんとなく、このなかが、あかるく、かぎりなくたのしいところにおもわれたのでした。
「どこへいっても、おたがいのうえらせって、おたよりをしましょうね。」と、お人形にんぎょうたちは、いったのでした。いま、二つになりました。
「あのかたは、外国がいこくへつれられてゆくのでしょうか。」と、おどりながら、一つの人形にんぎょうは、っている人形にんぎょうにいいました。
「そうかもしれません。わたしは、外国がいこくへなど、ゆきたくないものです。けれど、あのかたは、おとなしいから、どこへいってもかわいがられるとおもいます。」
 こんなことをはなしていると、ふいに、みせさきへ、むすめさんがちました。そして、じっとふたりをながめていました。お人形にんぎょうは、きゅうに、くちをつぐんでしまいました。
 むすめさんは、うちへはいって、っている人形にんぎょうゆびさして、せてくれといいました。それから、それをってよくていたが、
「これをくださいな。」といった。
 こうして、二つの人形にんぎょうは、ついにわれていってしまいました。そして、あとには、おどっている人形にんぎょうがただ一つだけのこったのであります。三つの人形にんぎょうは、こうして、べつべつになってしまったので、もはや、おはなしをすることもできなくなりました。
わたしたちのしたしかったおともだちは、どうなったであろう……。」と、三つのお人形にんぎょうは、たがいに、むねのうちでおもうよりほかなかったのです。


 よるになると、街燈がいとうが、みせさきでともりました。そのひかりは、ちょうど、おどっている人形にんぎょうのところへとどきました。
「おや、あなたおひとりになったのですか。あのかたは、どこへゆかれました。」と、ひかりは、たずねた。
「ひとりは、外国人がいこくじんに、ひとりは、どこかのむすめさんにつれられてゆきました。わたしは、ふたりのかたのおたよりをりたいとおもうのですが、あなたはおわかりになりませんか?」と、人形にんぎょうは、いいました。
 まるあたまをした、たか街燈がいとうは、ためいきをついて、
「いくら、わたしたかくても、なんで、おふたりの行方ゆくえがわかりましょう? もし、もし、ってください。毎晩まいばんがやってきますから、っているかいてみてあげましょう。」と、こたえました。
 おどっている人形にんぎょうは、なにぶんにもよろしくといってたのみました。よるになると、まちなかは、いっそう、にぎやかになりました。楽器がっきながれたり、草花屋くさばなやたりしました。ちょうど、そのとき、どこからか、街燈がいとうひかりしたって、んできました。ひかり人形にんぎょう約束やくそくをしたことをおもして、二つの人形にんぎょうについて、なにからないかとたずねたのです。
「お人形にんぎょうですって? わたしがなんで、そんなものを注意ちゅういしましょう。わたしきなのは、はなとあなたばかしです。ひるは、はなをたずねてあるき、よるは、こうしてひかりしたってんできます。みじかわたしたちの一しょうは、このなかでいちばんうつくしいものをることです。」と、は、いいました。
 あくるばん街燈がいとうは、このことをおどっている人形にんぎょうはなしました。これをくと人形にんぎょうは、がっかりしました。それは、ふたりのともだちの消息しょうそくがわからないということよりも、なかでいちばんうつくしいのは、はなひかりであると、がいったというなら、自分じぶんは、まったく無視むしされたためです。
「そう、ちからとしたものではありません。もう、しばらく、あなたがここにおいでなさるなら、だれか、ほかのものにもいてみてあげますよ。」と、街燈がいとうは、なぐさめたのであります。
 二、三にちたってから、あたりのまぶしい昼間ひるまのこと、つばめが、ちょうどあたまうえんできました。
「もし、もし、つばめさん、すこしおたずねしたいことがあるのですが……。」と、街燈がいとうは、びとめたのです。すると、つばめは、屋根やねのひさしにとまりました。
「なんのごようですか?」といって、つばめは、くびをかしげて、街燈がいとうました。
「ここから、あのみせさきにかざってある、おどっている人形にんぎょうえるでしょう……。」
 つばめのは、よかったから、すぐわかりました。
「よくえます。あのちいさなたなには、たった一つしかありませんね。」
「三つあったのですが、ついこのごろ、二つれてしまったのですよ。三つのお人形にんぎょうは、おなひとつくられたので、それはなかがよかったのです。それで、一つになってしまって、あのお人形にんぎょうはさびしがっています。」
「それは、無理むりもないことです。」と、つばめも、同情どうじょうしました。
「そんなわけで、二つのおともだちは、どこへいったかとおもらしているのですが、あなたは、身軽みがる方々ほうぼうをおあるきなさいますが、おりにはなりませんか……。」と、街燈がいとうは、いいました。
「いくら、わたしが、身軽みがる方々ほうぼうびまわるからといって、どうして、うちなかのことまでがわかりましょう……。それは、無理むりというものですよ。」
「一つのすわっているお人形にんぎょうは、外国人がいこくじんっていったというのですが。」
外国人がいこくじんですって……。そういえば、わたしは、人形にんぎょうをたくさんあつめている外国人がいこくじんっています。そのひとは、ここから七、八はなれた、海岸かいがんんでいました。家族かぞくといっては、ほかにとしとった、やといのおばあさんがいるばかり、ひろにわには、いっぱい草花くさばなえて、これをあいしていました。また、晩方ばんがたになると、そのひとは、うみのほとりにって、あちらをながめて、ふるさとのことをおもしていました。あるわたしが、ひとのいない時分じぶんに、まどからのぞくと、いろいろのお人形にんぎょうが、たなのうえかざられてありましたが、それらのお人形にんぎょうたちは、近々ちかぢかに、主人しゅじん外国がいこくかえるそうだが、たぶん、そのときつれてゆかれるだろうということをはなしていました。らないくにへゆくのをおもしろがっているものもありましたが、また、いったら、もう二とこちらへはかえられないといって、かなしんでいるものもありました。……もし、あのなかに、そのおともだちがいられたなら、おそらく、もう消息たよりかれますまい。なぜなら、二めに、わたしが、そのいえまどをのぞいたときには、すっかりお人形にんぎょうは、荷造にづくりされていたようすでしたから……。」
 つばめは、こう物語ものがたったのであります。街燈がいとうよるになったときに、ふたたび、このことをおどっている人形にんぎょうはなしました。
「あの人形にんぎょうは、どこへいってもかわいがられるでしょう。」と、人形にんぎょうしずみがちに、おどりながらいいました。


 それから、まもない、あるのことでした。っぱらいの紳士しんしが、人形屋にんぎょうやみせさきへはいってきて、いろいろの人形にんぎょうさせてていましたが、どれもにいりませんでした。そのうち、おどっている人形にんぎょうをつけると、さっそく、りあげて、「これがいい。」といって、かねはらい、れいのごとくはこにいれてもらってってゆきました。そのばん街燈がいとうは、みせさきをらして、びっくりしました。おどっている人形にんぎょう姿すがたえなかったからです。
「とうとうあのお人形にんぎょうさんも、どこかへいってしまった。」と、街燈がいとうは、ひとりごとをしました。
 っぱらいの紳士しんしに、つれられていった人形にんぎょうは、でなかった。自分じぶんは、どんなところへつれられてゆくのだろう? こう、くらはこなかかんがえていました。
 紳士しんしは、電車でんしゃると、うとうと居眠いねむりをしました。そして、ふとがつくと、していましたので、びっくりしてりました。うちかえるまで、人形にんぎょうをどこかへわすれてきたことにづかなかったのであります。
 不幸ふこうな、この人形にんぎょうは、それからいろいろのめにあいましたが、そのとしなつすえ時分じぶんに、ほかの古道具ふるどうぐなどといっしょに、露店ろてんにさらされていました。
「おちぶれてもおどっているなんて、のんきなものですね。」と、こちらのすみで、すずりと筆立ふでたてが、あちらの人形にんぎょう冷笑れいしょうしていました。
 しかし、露店ろてん主人しゅじんは、人形にんぎょう大事だいじにしました。くるませて、はこぶ時分じぶんにも、や、あしをいためはしないかと新聞紙しんぶんしいて、できるだけの注意ちゅういをしたのです。
うつくしいものは、ちがったものだ。」と、ほかの古道具ふるどうぐたちは、自分じぶんらが、そのようにかわいがられないので、不平ふへいをもらしたものもあります。しかし、人形にんぎょうは、むかしのことをおもすたびに、おともだちは、いまごろは、それぞれおちついて、平和へいわらしているであろう。自分じぶんばかりは、いまだにうえさだまらぬのをかなしくおもいました。あるのことです。いつものごとく、露店ろてんにならべられると、かたわらに、あたらしくどこからかられてきた、電気でんきスタンドがありました。
わたしは、今日きょう、ここへお仲間入なかまいりにきたのですが、あなたと姉妹きょうだいのようにているお人形にんぎょうさんといままで、一つのうちらしていましたよ。」と、スタンドはつくづく、おどっている人形にんぎょうながらいいました。
「どんなようすの人形にんぎょうですか?」と、ついおどっている人形にんぎょうは、スタンドのはなしに、つりこまれてこたえたのでした。なぜなら、自分じぶんりたいとおもっているともうえのようながしたからです。
「ちょうど、あなたとおなじくらいのをして、すらりとすましてっているお人形にんぎょうでした。」
「それなら、わたしとなかのいいおともだちですよ。わたしは、どれほど、そのかたうえりたいとおもいましたか。どうか、わたしに、くわしくおはなしかしてくださいませんか。」とたのみました。
 電気でんきスタンドは、つぎのように物語ものがたったのであります。
「いままで、わたしがいたうちのおじょうさんが、あるまちから、うつくしい、姿すがたのお人形にんぎょうってかえりました。すると、うちじゅうのひとたちは、まあ、きれいなお人形にんぎょうだといって、たなのうえかざりました。そして、それまで、たなのうえせてあった、ふるいつぼや、またよごれたおもちゃなどは、あたらしくきたお人形にんぎょうに、蹴落けおとされたように、たなからりのぞかれてしまって、姿すがたうつくしいお人形にんぎょうだけが、ひとり、そこを占領せんりょうしたのであります。すると、いままで、たなのうえにあった、つぼや、おもちゃは、不平ふへいをいいました。あのお人形にんぎょうがきたばっかりに、わたしたちは、たなのうえからおろされて、はこなかへおしこめられてしまった。ほんとうに、にくいお人形にんぎょうだといったのでした。みみのとれた、うまのおもちゃは、くちけたつぼに、そう不平ふへいをいうものでありません、いつか、あのお人形にんぎょうわたしたちのようになるときがありますよ、といってなぐさめたのでした。それは、まったくおうまのいったとおりでした。あるあさ、おじょうさんは、そうじをしようとして、はたきで、あやまってお人形にんぎょうとしました。そのはずみに、お人形にんぎょう片手かたてがもげてしまった。おじょうさんはびっくりして、さっそく、のりで、とれたをつけました。けれどどうしても傷跡きずあとはとれませんでした。このお人形にんぎょうが、こうして不具かたわになると、はこなかへいれられた、くちけたつぼや、みみのとれたおうまや、ほかのおもちゃたちは、またされて、たなのうえならべられたのでした。それは、もはやひとり、このお人形にんぎょうだけが完全かんぜんだとは、いわれなかったからです。それで、いまは、お人形にんぎょうもほかのおもちゃたちも、平等びょうどうのもてなしをけて、みんなは、なかよく、平和へいわらしています……。」と、はなしたのであります。
 おどっている人形にんぎょうは、こうして、二人ふたりともだちの消息しょうそくることができました。一つは、外国がいこくへゆき、一つはおじょうさんのうちに、らしていることがわかった。けれど、自分じぶん消息しょうそくは、どうしたら、あのふたりの人形にんぎょうらせることができましょう?
「もし、おともだちは、わたしが、まだこうして、まち露店ろてんにさらされているとったら、不幸ふこうかただといって、あわれんでくださるにちがいない。」と、おどっている人形にんぎょうはいいました。
「いえ、そうでありません。きっと、ふたりのおともだちは、いまごろは、怠屈たいくつして、このあかるいはなやかなまちをもう一たいとおもっていなさるでしょう。そして、あなたのうえをうらやましがっていなさるにちがいありません。」と、電気でんきスタンドは、いいました。なぜなら、ひとのことというものは、なんでもよくえるものですから……。毎晩まいばん大空おおぞららすつきだけは、みんなの運命うんめいっていました。そして、あるばんであったが、あの街燈がいとうにも、おどっている人形にんぎょうのことをはなしたのです。





底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
   1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集4」丸善
   1930(昭和5)年7月20日
初出:「キング」
   1928(昭和3)年11月
※表題は底本では、「三つのお人形にんぎょう」となっています。
※「消息」に対するルビの「しょうそく」と「たより」の混在は、底本通りです。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:へくしん
2021年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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