〔人物〕
第一の見慣れぬ旅人
第二の見慣れぬ旅人
第三の見慣れぬ旅人
第四の見慣れぬ旅人
第五の見慣れぬ旅人
第六の見慣れぬ旅人
第七の見慣れぬ旅人
白い衣物 を着た女
〔時〕
現代
第一の見慣れぬ旅人
第二の見慣れぬ旅人
第三の見慣れぬ旅人
第四の見慣れぬ旅人
第五の見慣れぬ旅人
第六の見慣れぬ旅人
第七の見慣れぬ旅人
白い
〔時〕
現代
遥かに地平線が見える。広い灰色の原には処々 に黄色い、白い、赤い花が固って、砂地に白い葉を這って、地面から、浮き出たように、古沼に浮いているように一固 り宛 、其処此処 に咲いている。少し傾斜して一軒の小舎 がこの広い野原の左手に建っている。ちょうど赤錆の出た箱のようで、それに付いている蓋の錠が錆び付いて鍵はいつしか失われたもののように、一つの窓があるが、閉っている。夕日はその閉った窓の上に、その赤黒い小舎の上に落ちている。
第一の見慣れぬ旅人 この広い、
第二の見慣れぬ旅人 私もやはり、そうであった。
第三の見慣れぬ旅人 木立……あの、夢のように立っている黒い杉の木か……いや杉の木か何んだか分らない。まあ杉の木のように、もっと葉の
第二の見慣れぬ旅人 そうであった。私も、そのような木立を見た。筆を立てたような、さながら
第一の見慣れぬ旅人 私もそのような木立を見た。(頭を廻らして)あ、日が大分遠くなった。此処では、そのような黒い木立を認めることも出来ない。
第三の見慣れぬ旅人
第二の見慣れぬ旅人 ハハハハ。(と笑う。その声も広い沙漠の中で時ならぬ沈黙を破るように聞えた。)
第三の見慣れぬ旅人 こういう沙漠にあっては三寸の高さでも余程違うものだ。たとえて見れば(彼方を指して)あの沙の小高くなっている蔭になって
第二の見慣れぬ旅人 そういうことは誰にもある。心に思っていて、どうしても口に出して言うには、余りに物憂過るようなこともあるものだ。
第一の見慣れぬ旅人 (第二の旅人に向って)まあ、その話は、それとして、あなたは、その黒い物が木立であるまいかと思ったといわれた……それが……。
第二の見慣れぬ旅人 ああ、私は、まさしく地平線に日の光りを浴びながら、憂鬱の色を
第一の見慣れぬ旅人 あります。而して胸の苦悶を晴そうとしたことがあります。
第二の見慣れぬ旅人 その声は大きく立ちましたか。
第一の見慣れぬ旅人 海というものは盲目ですね。無神経ですね。私は、その時そう思いました。小さな人間の努力が何になりましょう。私は腹立しくなりました。而して海を
第二の見慣れぬ旅人 やはり、この大きな広い沙原に対してもその通りです。海は、動いて、
第三の見慣れぬ旅人 ああ、吾等は
第二の見慣れぬ旅人 (第一の旅人を見て)あなたは私の声を聞き付けずにいられた。
第一の見慣れぬ旅人 けれど遂にいっしょになった。
第三の見慣れぬ旅人 私は、あなた方が休んでいる間に追い付くことが出来た。
第一の見慣れぬ旅人 三人は何等の約束もなしにこの沙原で
第二の見慣れぬ旅人 そしてこの不思議な窓の閉っている小舎の前に立った。
第一の見慣れぬ旅人 ああ日が暮れる。地平線が黒くなって、空が黄色くなった。
(何となく、一帯に日暮方 の景色となる。)
第二の見慣れぬ旅人 (進み寄って、小舎の壁板を叩く。)何の第一の見慣れぬ旅人 あなたは、この小舎に人が死んでいると言われるのですか。
第二の見慣れぬ旅人 人の死骸があるばかりでない。毒草が腐れた床から、壁の間から延びて闇の中に黒い厚い葉を拡げているのだ。
第一の見慣れぬ旅人 私は、そう思わない。この小舎の中には何もない。もはやこの家に住んでいた人がこの
第三の見慣れぬ旅人 私は、今夜この小舎の軒に泊る。而して疲れた足を休めたいと思う。
第一の見慣れぬ旅人 どうせ果しのない旅だ。私は、昼となく夜となく歩いて行こう。
第二の見慣れぬ旅人 大空に穴の明いたように、
第三の見慣れぬ旅人 窓が開いたら、死ぬって?……
第二の見慣れぬ旅人 窓が開いたら、死ぬって? (第一の旅人の顔を見る。)
第一の見慣れぬ旅人 開かぬ。決して開かぬ。開いたら奇蹟じゃ。(第三の旅人の顔を見る。)而して真夜中の沙原を吹く風が氷のように肌を冷すと思っている。(眼を転じて第二の見慣れぬ旅人を見て)
第二の見慣れぬ旅人 私も、そう思う。ただ、考えたくない。何とか手足を動かして気がまぎれるようにしたい。
第三の見慣れぬ旅人 私は、この小舎の軒で静かに寝て夢を見たい。眼が醒めたら、星を見て未来を考えたい。――死骸が横わっているという――古い瓶や、壜が転っているという――私は昔の古い夢を見たい。怖しい悪魔の夢を見たい。
第一の見慣れぬ旅人 何故、怖しい夢を――懐かしい夢を見たいと言われぬのか……。
第三の見慣れぬ旅人 どちらも見たい。私は詩人である。
第一の見慣れぬ旅人 あなたは詩人ですか。(驚いた風にて、第三の旅人の顔を見る。)
第三の見慣れぬ旅人 (得意な
第二の見慣れぬ旅人 詩人には怖しいものも、
第一の見慣れぬ旅人 私共は、先へ参ります。御機嫌よう。
(第一の見慣れぬ旅人、第二の見慣れぬ旅人、相顧 みて沙原を歩いて、地平線を望んで行く、日は既に奈落 に沈んで、ただ淋しげに紅く微笑む黄昏 の空の色。)
第三の見慣れぬ旅人 (小舎の窓に歩み寄って叩く。)古い記憶にあるような古びた小舎。私だ。私だ。どうか窓を開けてくれ。而して、私に中を覗かせてくれ。……悪魔! 悪魔! 私は、暗い奥を見たいのだ。私は秘密を知りたいのだ。而して、窓が開いて、中から黒い毒気が洩れ第三の見慣れぬ旅人 もう全く日が暮れてしまった。ほんの
(天地全く薄明となって、旅人の顔がほんのりと白く見えるばかり。この時、窓が、さながら秘密の口の開くように次第に開きかかる。見ている間に、漸々開いて、小舎の片隅に四角な暗い穴が出来た。この時、白い衣物を着た女が窓の際に現われる。胸より下は隠れて、胸より上が現われる。頭髪 を長く後に垂れて、僅 かに顔の白いのと衣物の白いのとが薄暗 の裡にほんのりと見えるばかりだ。)
白い衣物を着た女 (白い花弁を撒き散す。雪のように白い花弁は眠っている旅人の上にかかる。)よく旅人は眠ってしまった。楽器を捨てて、手を投げ出して、あの疲れた心臓から洩れる息の音が、この静かな薄暗に鼓動をうって聞きとれるようだ。(間)日も……(暫らく死せる如き沈黙)……
(この時、数人の旅人の一群、各々手に裸蝋燭 を点 して来かかる。)
第四の見慣れぬ旅人 ここに倒れている者がある。第五の見慣れぬ旅人 この小舎は気味の悪い小舎だ。
第六の見慣れぬ旅人 窓が閉っている。窓の下に倒れているのは、眠っているのだろう。
第四の見慣れぬ旅人 何んだか見覚えのあるような小舎だ。(蝋燭を
第七の見慣れぬ旅人 (蝋燭にて倒れたる旅人の顔を照して)この歌うたいは、何処かで見たように覚えている。
第六の見慣れぬ旅人 (手にて倒れたる旅人を揺り起す。)や、(驚いて)この歌うたいは冷いぞ。
第四の見慣れぬ旅人 死んでいるのか。
第七の見慣れぬ旅人 この歌うたいは、Xの町を幾年前かに通ったことがある歌うたいに似ている。(蝋燭にて死せる人の顔を照して)たしかにこの男だ。毎日、Xの町を歌をうたってマンドリンを弾いて歩いた。そのうち、或る家の寡婦と恋に陥った。なんでもこの歌うたいのうたって歩いた歌を覚えている。(少し考えて)なんでも……或る古物商の
第五の見慣れぬ旅人 その歌うたいに相違ないか。
第七の見慣れぬ旅人 保証は出来ぬが、その歌うたいによく似ている。
第六の見慣れぬ旅人 毒でも飲んで死んだのだろうか。
第五の見慣れぬ旅人
第四の見慣れぬ旅人 よくあることだ。
第六の見慣れぬ旅人 また、今夜も夢見がよくない。
第五の見慣れぬ旅人 夜が、長くなった。
第七の見慣れぬ旅人 この旅人を葬ってやりたいものだ。
(旅人の一群は倒れたる歌うたいを取り巻いて暫時 思いに沈む。この時、日の沈んだと反対の地平線から、赤い月が上った。その色は地震があるか、風が出るか、悪いことのある前兆と見えて、頭痛のするように悩ましげな赤い不安な色であった。)
第五の見慣れぬ旅人 あの、月の色を見い。第四、第五の見慣れぬ旅人 あの、月の色は……。
(一同月の方を振向いて不安の思いに眉を顰 む……沈黙……。)
(幕)