白い雲

小川未明





 みんなは、なにかすてきに、おもしろいことがないかと、おもっているのです。としちゃんも、もとより、その一人ひとりでありました。往来おうらいで、よっちゃんや、たけちゃんや、かつさんたちが、あつまって、なにかわらっています。
「なんだろう?」と、としちゃんは、はしってゆきました。
 よっちゃんが、くろ砂鉄さてつかみうえにのせて、両手りょうてっていると、たけちゃんが、磁石じしゃくで、かみうらこすっています。すると、砂鉄さてつがむくむくとむしのはうように、磁石じしゃくのいくほうについてうごくのでした。
「おもしろいのね。」
不思議ふしぎだろう。」と、たけちゃんが、自分じぶんもそれにとれてあたまかたむけていました。
ぼく、たくさん砂鉄さてつったのだけれど、あらったら、これんばかしになったのだよ。」
 よっちゃんは、砂鉄さてつはいっているびんをポケットからして、せていました。
 これをるととしちゃんは、にやりとわらいました。自分じぶんおおきな磁石じしゃくいえっているとおもったからです。それは、いつかおとなりにいさんから、もらったものです。もうあかったところがだいぶはげていたけれど、もとは、いい磁石じしゃくだったのです。
 くるとしちゃんは、学校がっこうへいくと、やすみの時間じかんに、運動場うんどうじょう砂場すなばで、小山こやまといっしょに砂鉄さてつるのに夢中むちゅうになっていました。小山こやま磁石じしゃくは、としちゃんのより、かたちちいさいけれど、あかいところも全部ぜんぶついていて、いつけるちからつよかったのでした。としちゃんの磁石じしゃくは、おおきいけれどちからよわかったのです。
きみ、どれだけ?」と、としちゃんは、砂鉄さてつるのに、けるようながして、きくと、小山こやまは、
「まだ、こればかしさ。」といって、しわくちゃになった、どろだらけのかみひらいてせました。
「たくさんれたね。ぼく磁石じしゃくは、だめだ。」と、としちゃんは、自分じぶん磁石じしゃくが、ただおおきいばかりだというのが、なんとなくがゆくなりました。
「それに、電気でんきをかけるとつよくなるのだぜ。」と、小山こやまおしえました。
電気でんき?」
 としちゃんは、そのことを、はじめてったのです。さっきから、この不思議ふしぎちからは、いったいどこからくるものかということをかんがえていたのでした。おおきくなれば、わかるだろう。けれど、あの太陽たいようをだれがつくったのかわからないうちは、あるいは、このちからもどこからまれるかということはわからないのかもしれないと、おもいながら、茫然ぼうぜんとして、青空あおぞらあおいだのでした。
きみっ、ベルがってしまったんだ!」
 こうさけぶと、小山こやまは、あわててはねがりました。としちゃんも、おどろいて、運動場うんどうじょうひとがいないのにづくと、いそいで小山こやまあとって、教室きょうしつけつけたのです。
 先生せんせいは、おくれてきた二人ふたりを、じっとごらんになりましたが、だまっていらっしゃいました。としちゃんは、おについたけれど、しばらく心臓しんぞうがどきどきとしていました。


磁石じしゃくに、電気でんきをかけると、つよくなるってほんとう?」
 としちゃんは、小山こやまのいったことをよっちゃんにききました。よっちゃんは、としちゃんよりは、一ねんうえくみです。
「ほんとうさ、電車でんしゃとおったすぐあとへ、レールに磁石じしゃくをつけると、電気でんきがかかって、つよくなるのだよ。ぼくたち、これからいくのだが、きみもいかない?」と、よっちゃんは、いいました。
「レールに、磁石じしゃくをつけるの?」
 ごろ、おかあさんに、電車道でんしゃみちへいって、あそんではいけないと、かたくいいきかされているので、それがあたまかぶと、としちゃんは、どうしようかと返事へんじまよいました。
「すぐ、レールにつけなければ、だめなんだよ。ぼくたち、冒険ぼうけんをして、電気でんきをかけにいくのさ。」
たけちゃんと?」
「ああ、あまりちいさいものは、あぶないけど、きみもいっしょにおいでよ。」と、よっちゃんは、すすめました。
 もし、おかあさんにれたら、しかられるとおもったが、よっちゃんが、
「かつさんだって、くるのだから。」といったので、弱虫よわむしおもわれては、いけないとおもって、
ぼくもいく。」と、としちゃんは、約束やくそくしました。そして、ポケットから、おおきな磁石じしゃくして、ながめていますと、
「おせ、おおきいのだね。これに電気でんきをかけたら、ものすごくなるよ。てつびんでも、なんでもげるだろう。だけど、あかいところがはげているから、じきにちからよわくなってしまうね。でも、おおきくて、すてきだなあ。」
 よっちゃんは、としちゃんの磁石じしゃくて、うらやましがりました。そして、って、つくづくとながめていました。
 午後ごごから、おおぜいで電車道でんしゃみちかけたのです。かれらは震動しんどうして、電車でんしゃ通過つうかするたびに、していっては、レールにめいめいの磁石じしゃくてていました。そのあいだおんな子供こどもたちは、ひだりみぎ見張みはっていました。
 とおくからトラックや、オートバイのかげえると、
「あっちから、きた!」と、注意ちゅういをしました。
 みんなが、いつもあそはらっぱへもどってきてから、磁石じしゃく試験しけんをしてみたけれど、そのちからには、まえとすこしのわりもなかったのです。よっちゃんや、たけちゃんの磁石じしゃくは、やはりとしちゃんのおおきな磁石じしゃくよりは、ずっとちからつよかったのでした。
 晩方ばんがたとしちゃんは、ラジオのおじさんのところへきました。そして、電車でんしゃのレールから、電気でんきったはなしをしました。
 いろくろい、くちひげのえたおじさんは、をまるくして、としちゃんのはなしをきいていましたが、
「あぶないな、あやまってひかれでもしたら、どうするつもりだ。なんで、そんなことで電気でんきれるものか。どれ、おじさんが、磁石じしゃく電気でんきをかけてやるから、もう、あぶないまねをしてはいけないぜ。」と、さとしました。
 おじさんは、ラジオの針金はりがねをぎりぎりととしちゃんの磁石じしゃくきました。つぎに、その二ほんせんはし電池でんち端子たんしむすびつけました。すると、電流でんりゅうつうじて、あおい、うつくしいが火花ひばなりはじめました。
「ああ、これぐらいでいいだろう。これなら、たくさん砂鉄さてついつくぜ。」と、ひとのよいおじさんは、わらって、磁石じしゃくとしちゃんにわたしてくれました。


 地理ちり時間じかんでした。小山こやまは、夜店よみせったといって、丹下左膳たんげさぜんさむらいちいさな人形にんぎょうを二つ三つ、かみせて、したから磁石じしゃくあやつっておどらせていました。磁石じしゃくうごかし具合ぐあいで、人形にんぎょうどうしは、たちまちチャンバラをはじめるのです。小山こやまは、先生せんせいのおはなしなど、みみれようともしないのです。
「やあ、やあ。」と、先生せんせいにはこえないように、ごえをかけて、丹下左膳たんげさぜんさむらいちまわりをさせていました。場所ばしょちかいものは、わらいをころしてていました。としちゃんは、先生せんせいにわかるとおもったから、でなかったので、
つかるよ。」と、小山こやまに、注意ちゅういをしました。
 しかし、もうこのときは、おそかったのです。先生せんせいは、小山こやまをにらんでいらっしゃいました。ふいに、先生せんせいがおだまりになったので、小山こやまが、かおげてみると、ほとんど、いっしょに、
小山こやま、さっきからおまえはなにをしている? わかっているかね、塩原温泉しおばらおんせんはどこにあるか、いってごらん。」と、先生せんせいは、小山こやまをおしになりました。
 小山こやまは、片手かたてに、磁石じしゃくかみにぎって、つくえしたかくすようにして、がりました。
栃木県とちぎけんにあります。」
「じゃ、群馬県ぐんまけんにある、有名ゆうめい温泉場おんせんばは?」と、先生せんせいは、おいになりました。
 今度こんどは、よくいていなかったので、小山こやまは、ちょっと返事へんじができませんでした。このとき、二、三にんせきをへだてて、平常ふだんからおもしろいことをいって、ひとわらわせる武田たけだが、ちいさいこえで、
「どっこいしょ。」といいました。
 これをきいたものが、わらすと、先生せんせいは、おそろしい武田たけだほうけて、おにらみになりました。とうとう我慢がまんがしきれなくなったというふうで、
小山こやま武田たけだは、ここへろ!」と、先生せんせいは、どなられたのです。
 教室きょうしつのうちがしんとしました。二人ふたりが、ぐずぐずしていると、先生せんせいは、まず小山こやませきへいらして、
「いま、やっていたものをおせ。」と、おから、きずりされました。
 武田たけだは、先生せんせい権幕けんまくこうしがたいとると、自分じぶんからせきて、先生せんせいのいられる教壇きょうだんまえへきてちました。先生せんせいは、
武田たけだ、おまえは、さっきのうたをうたって、小山こやまは、ここでみんなに人形にんぎょうおどらしてごらん。」と、おっしゃいました。
 小山こやまは、さすがにみみまであかくして、うついていましたが、武田たけだはしかられても、あたまをかきながらわらっていました。
 このとき、としちゃんは、一人ひとりだけ、まどそとで、つばめが自由じゆうに、あおそらびまわっているのを、じっと見守みまもってかんがえていたのであります。
「このつぎから、教室きょうしつへこんなものをってはいったらゆるさないぞ。」と、時間じかんわったときに、先生せんせいは、小山こやまにおっしゃいました。そして、それまでそこにたされていた二人ふたりは、はじめてゆるされたのでした。


 としちゃんのおおきな磁石じしゃくは、ラジオのおじさんから、電気でんきをかけてもらって、ばかにちからつよくなりました。
 学校がっこうかえりに、往来おうらいうえで、よっちゃんやたけちゃんは、としちゃんをはさんで、としちゃんのおおきな磁石じしゃく自分じぶんたちのちいさな磁石じしゃくしつけて、電力でんりょくけてもらっていたのです。
「いいんだねえ、としちゃん、すこしばかりけてもらっても、としちゃんのほうは、ずっとつよいんだものね。」と、たけちゃんが、がねをしながらいいました。
ぼくも、ラジオのおじさんにおねがいしてつよくしてもらおうかな。」と、よっちゃんがいいました。
「いいよ、ぼくのは、あかいところがはげているのだから、どうせ使つかわなくても、ひとりでに電気でんきがなくなるのだもの。」と、としちゃんは、今度こんど、おかあさんに、あかいところのはっきりとした、あたらしい磁石じしゃくってもらうことをあたまえがいていました。そこへ、おなくみ西山にしやまがきかかりました。
きみ、それよりか、鉱石こうせきりにいかない? そのほうが、よほどおもしろいぜ。磁鉄鉱じてつこうも、黄銅鉱おうどうこうも、きんもあるのだよ。」と、郊外こうがいほうから通学つうがくする西山にしやまが、いいました。
「ほんとうかい、どこに?」と、よっちゃんと、としちゃんは、磁石じしゃくのことをわすれたように、かがやかしました。
「いま、かわ工事こうじをして、った石塊せきかいがたくさんあるのだ。さがせば、いろんないしつかるよ。きんは、紫色むらさきいろをしているだろう。ちか、ちかひか黄銅鉱おうどうこうと、それに、方解石ほうかいせきが、いちばんおおい。方解石ほうかいせきは、たくさんあるよ。」
 それでなくてさえ、みんなは、なにかめずらしい、愉快ゆかいなことはないかとおもっていた矢先やさきですから、それをきくと、つばかりにうれしかったのです。西山にしやま往来おうらいたしておいて、かばんをうちむと、すぐに、としちゃんも、たけちゃんも、よっちゃんも、してきました。その姿すがたつけると、
わたしたちも、つれていってね。」
 はらっぱにあそんでいた、かつさんと、よしさんが、みんなのあとってきました。かれらは、電車道でんしゃみち横切よこぎって、みどりがたくさんはいる、しずかな、せみのごえのする、すずしいみちいそいだのであります。
 西山にしやまは、一どう野中のなか河普請場かわぶしんば案内あんないしました。工事こうじはなかなかの大仕掛おおじかけでした。河水かすいをふさいで、工夫こうふたちは、河底かわぞこをさらっていました。ほそいレールが、きしって、ながく、ながくつづいています。その行方ゆくえひかったくさなかぼっしていました。工事場こうじば付近ふきんには、いし破片はへんや、小砂利こじゃりや、材木ざいもくなどがんでありました。また、ほかの工夫こうふたちは、おも鉄槌てっついで、材木ざいもくかわなかんでいます。ふとなわで、鉄槌てっついげて、とすたびに、トーン、トーンというめりむようなひびきが、あたりの空気くうき震動しんどうして、とおくへ木霊こだましていました。ときどき、おもしたように、ゴーッ、ゴーッとさけびをげて、トロッコが幾台いくだいとなくつづいて、小石こいし満載まんさいしてきました。これを工事場こうじばけると、ふたたび、あちらへかえしていくのでした。
「あっちに、まだったいしがたくさんんであるのだよ。」
 西山にしやまは、先頭せんとうって、草原そうげんほう突進とっしんしました。なるほど、トロッコのとおるレールから、そうはなれていないが、工事場こうじばからはかなりへだたった草原そうげんなかに、いし破片はへんが、しろ小山こやまのごとくかさねてありました。らない子供こどもが二、三にんさきにいって、熱心ねっしんに一つ、一つ、いしをよりけている姿すがたえたのです。
いしってもしかられない?」と、としちゃんが、ききました。
「このおおきいのは、一つだっておもくてってはいかれないさ。ちっとばかり、ぶんなら、かまわないだろう。」と、西山にしやまが、こたえました。
「しかられないかなあ。」と、よっちゃんは、かんがえながら、トロッコのとおるたびに、線路せんろほうました。
おこったら、げればいいや。」
 西山にしやまは、そういって、もういしおかのぼっていました。
「ほら、これが方解石ほうかいせきなんだぜ。」
 しろいし破片はへんに、いろとまじって、ひときわしろ光沢こうたくはなち、しおなどの結晶けっしょうのようにえるのです。方解石ほうかいせきだけは、っても、っても、四角形かくけいれる特徴とくちょうゆうしていました。
「ちょっと、水晶すいしょうみたいだね。」と、たけちゃんが、いいました。らない子供こどもたちまで、西山にしやまのそばにってきました。その子供こどもたちのにも、なにかいしにぎられています。
「これきんでない?」と、その一人ひとりが、自分じぶんっている、いし破片はへんしめしました。
「どれ、そいつは磁鉄鉱じてっこうらしいな。きんは、もっとうす紫色むらさきいろびているよ。」と、西山にしやまが、いいました。
「この、ちかちかひかるところだけは、どうなんだろう?」と、よっちゃんが、のぞきました。
「そうらしい。」
ぼく方解石ほうかいせきつけた!」
 ると、としちゃんは、いしで、いしって、その部分ぶぶんだけをろうとしています。
きみ方解石ほうかいせきって、どんなの?」
 らない子供こども一人ひとりが、よくろうとして、としちゃんにききました。
 としちゃんが、おしえていると、ちょうど、ゴーッ、ゴーッとかぜって、レールのうえはしってくる、トロッコのおとがしました。
「おい、がきども、いたずらするなあ。」と、そのトロッコは、とおぎるときに、わめいてゆきました。
 二人ふたり労働者ろうどうしゃが、からのトロッコにっていました。元気げんきのいい若者わかものでした。あとからも、あとからも、いくつかのトロッコはつづいてゆきましたが、なかには、こちらをて、したしげにわらっていくおとこもありました。
「さっきのやつ生意気なまいきだね。」といったのは、たけちゃんです。
「もし、あいつがんできたら、ぼくたちげようか。」
げなくたっていいさ。」
「そうしたら、おもしろいな。なんでぼくたち、つかまるもんか。」
いしげてやろうや。」
「かっちゃんや、よしさんは、はやくあっちへいっておいでよ。」と、よっちゃんが、いいました。
わたし、つかまったら、あやまるわ。」と、よしさんが、いいました。
「いやよ。だって、わたしたちなにもしないんでしょう、ているだけですもの。」と、かつさんが、いいました。
「それだから、おんななんか、こなければいいんだ。」と、たけちゃんが、おこりました。
「もう、いいよ。」
「それよりか、はやく、いいのをつけようや。」
 としちゃんは、かおをして、いしいしちつけていました。
 しばらく、みんなが、いしるのに夢中むちゅうだったのです。


 突然とつぜん「ブーウ。」と、ながいうなりごえをたて、トラックが、はらっぱのなかはいってきました。いし破片はへんはこんできたのです。
「きたっ!」といって、みんなは、すような身構みがまえをしたけれど、もうすすきがなかった。はや、トラックは、まえにきてまりました。まるといっしょに、ぱっと三にんおとこが、自動車じどうしゃうえからりました。そのうち、一人ひとりおとこが、としちゃんのそばへいって、もとをのぞきんで、
「どんないしさがしているんだね。」と、ききました。そのやさしみのある質問しつもんに、みんなは、ちょっと意外いがいかんじがしました。
方解石ほうかいせきっていたのだ。」
 としちゃんは、正直しょうじきこたえたのです。
学校がっこう理科りかで、ならっているんだな。」と、そのおとこけたくろかおに、しろせてわらっていました。
「おじさん、このいしはどこからくるの?」と、としちゃんが、ききました。
埼玉さいたまや、茨城いばらきほうからくるんだ。おおきないし機械きかいにかけて、こんなにこまかにして、電車道でんしゃみちや、河川工事かせんこうじ使つかうのさ。」と、そのおとこは、こたえました。
 これをきくと、としちゃんは、なんとなくいし故郷こきょうがなつかしいがして、おもわず、大空おおぞらてをながめたのです。さきのとがった森影もりかげが、まぶしいひかりかすんでいて、とおくの地平線ちへいせんには、しろくもあたまをもたげていました。
 三にんのおじさんたちは、いしをそこへろすと、またトラックを運転うんてんして、はらっぱのなかをどこへとなくえてしまったのです。
「あのおじさんたちは、いいひとたちだな。」
「このいしは、とおいところからきたのだよ。」
「トンネルをるときは、ダイナマイトで、いわくだくのだってね。」
「ああ、ド、ドーン! すごいだろうな。」
「いまのおじさんは、ラジオのおじさんにているだろう。」
「ちがうわ。」
ていたよ。」
「そうおもうのは、としちゃんだけよ。」
 石山いしやま周囲しゅういで、こんなことをいっていると、また、ゴーッ、ゴーッと、トロッコが、かぜってはしってくるおとがしました。ここからは、くさあいだえつ、かくれつしているほそいレールは、たよりなげな二ほんばしのようにしかえなかったのです。
 小砂利こじゃりをいっぱいんだはこうえに、先刻さっきのどなった、元気げんき若者わかものっていました。としちゃんは、にぎっていたいしからはなして、そのほういていると、おとこは、なにかいいたげなようすをして、こちらをにらんでいたが、ちょうどカーブへさしかかった途端とたんに、調子ちょうしづいているトロッコは、はっと若者わかものづいたときには、もう脱線だっせんして、まってしまったのでした。だが、それをらずに、あとから、あとから、ほかのトロッコは、うたなどうたいながら、はしってくるのです。
 あわてて、若者わかもの両手りょうてたかげてさけびました。
「だっせんだぞう。」
 すると、いくつかのトロッコは、ぴたりとまってしまいました。
「あいつ、生意気なまいきだからばちたったんだね。」と、よっちゃんが、いいました。
 若者わかものは、まったく子供こどもたちのほうられて、自身じしん注意ちゅういおこたったためでした。そこで、いっしょうけんめいになって、脱線だっせんしたくるまなおそうとしたけれど、とうてい二人ふたりちからではだめでありました。しかし、仲間なかまはそれとさとると、すぐにくるまからりて、トロッコの脱線だっせんした場所ばしょあつまってきました。そして、ちからあわせて、やっとおもくるまをもとの位置いちにもどすことができたのです。
 トロッコは、ふたたび、レールのうえこころよはしりはじめました。
万歳ばんざい!」と、たけちゃんと、としちゃんは、をできるだけげて、さけびました。おそらく、二人ふたり若者わかものは、そのこえいたであろうけれど、自分じぶん意地悪いじわるさをこころじたのか、こちらをずにいってしまいました。
「もう、かえろうよ。」
今度こんどは、あのいいおじさんだって、きっとしかるから。」
 かえりかけると、らない子供こどもたちも、としちゃんや、かつさんや、よっちゃんたちといっしょになって、はらっぱをりました。めいめいがいし破片はへんいだいて往来おうらい時分じぶん幾分いくぶんかげって、どこからともなくすずしいかぜいてきました。しろくもが、いつのまにか、自分じぶんたちのあたまうえまでひろがっていたのです。
 途中とちゅうで、西山にしやまや、らない子供こどもたちとわかれました。
うちかえったら、みんなで、いしけようね。」と、としちゃんが、いうと、
ぼくは、こんど理科りか時間じかんに、学校がっこうっていって先生せんせいせるのだ。」と、よっちゃんが、いいました。
 みんなは、たのしかった、一にちあそびをおもかえしました。黄金色こがねいろなつは、まだ、くらくなってあそべなくなるまでに、だいぶ時間じかんがあったのであります。





底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社
   1977(昭和52)年9月10日
   1983(昭和58)年1月19日第5刷
底本の親本:「未明童話 お話の木」竹村書房
   1938(昭和13)年4月
初出:「お話の木」
   1937(昭和12)年7月
※表題は底本では、「しろくも」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年12月9日作成
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