みずかきジェマイマのはなし

THE TALE OF JEMIMA PUDDLE-DUCK

ベアトリクス・ポッター Beatrix Potter

おおくぼ ゆう やく




表紙絵

口絵1
口絵2
ラルフと ベッツィに おくる まきばの はなし

挿絵1
 ほんと おかしな えづらですよね。 ほら、 あひるのこが めんどりと いっしょに いるんですよ!
 ―― いまから はなすのは、 みずかきジェマイマの ものがたり。 このあひるさん、 まきばの おくさんが じぶんに たまごを かえさせてくれないと、 なやんでおりました。

挿絵2
 だんなの おねえさんの みずかきリベカは、 たまごを あたためるにしても はじめから だれかに まかせっぱなしで ――「わたし こらえしょうが ないから、 28にちも たまごのうえに すわりきりだなんて むり。 そうでしょ、 ジェマイマ。 あんた いつも さましちゃうじゃない、 ほら!」
「ほんとは たまご かえしたいんだけど。 みんな じぶんで かえしたいんだけど。」と みずかきジェマイマは がーがー。

挿絵3
 じぶんの たまごを かくしてもみました。 ところが いつも みつかって とりあげられるのです。
 もう やけになった みずかきジェマイマは いっそのこと まきばから とおく はなれたところで うむことに しまして。

挿絵4
 まきばを あとにしたのは、 はれた はるのひの ひるさがり、 おかの むこうまで つづく いなかみちを すすみます。
 よそいきの かたかけと おぼうしを みにつけて。

挿絵5
 おかの てっぺんに つくと、 とおくに もりが みえてきました。
 そこで ふと おもいます、 あそこなら しずかで おちつけそうだ、 と。

挿絵6
 みずかきジェマイマは あまり とびなれては なかったのですが、 かたかけを なびかせながら おかを すこしばかり かけおり、 そらへ むかって とびたちました。

挿絵7
 とびだしが うまくいくと、 かぜにも きれいに のれて。
 うしろへ ながれていく きぎを しりめに、 やがて もりの まんなかあたり ひらけたところが みえてきます。 そこは きりひらかれて、 きも やぶも ありません。

挿絵8
 ジェマイマは こころもち もたもたと おりたつと、 そのあとは うむのに ちょうどいい からっとしたところを さがして あたりを よちよち。 せのたかい キツネノテブクロを みつけると このあたりの きりかぶは どうかなと おもいまして。
 ところが ―― きりかぶは おさきに とられていまして、 びっくりしたの なんの、 みると みなりのいい とのがたが しんぶんを よんでいたのです。
 くろの とんがり おみみに、 すないろの おひげ。
「がー?」と みずかきジェマイマは あたまと おぼうしを かしげます ――「がー?」

挿絵9
 とのがたは しんぶんから めを あげると、 くいいるように ジェマイマを みつめまして ――
「おくさん、 まいごですかな?」と そういう とのがたは おしりのしたに ふさふさの ながい しっぽを しいておりまして。 きりかぶが そこそこ しめっていたのです。
 ジェマイマには、 すこぶる ぎょうぎよく ひんのある ひとだと おもえまして。 じぶんは まいごなのでは なく、 たまごを かえすに ちょうどいい からっとしたところを さがしに きているのだと、 わけを はなしました。

挿絵10
「ああ! そうでしたか、 なるほど!」と すないろ おひげの とのがたが くいいるように ジェマイマを みつめます。 しんぶんを たたんで、 うしろすそにある ポケットへ しまいました。
 ジェマイマが めんどりは じゃまものだと ぐちを いいますと、
「なるほど! それは それは! そのにわとりとやらに おあいしたいものです。 ひとつ そやつに みのほどを おもいしらせて やりましょうぞ!」

挿絵11
「ときに たまごを かえすところですが ―― わけも ありません。 うちの まきごやには はねが やまと あります。 もちろん おくさま、 じゃまなんて はいりませんよ。 どうぞ おすきなだけ そこに おすわりになって かまわないのです。」と ふわふわ ながい しっぽの とのがたが いいます。
 つれてこられたのは、 キツネノテブクロが たくさん はえた おくの おくにある いっけんの わびごやでした。
 そだと しばつちで できていて、 こわれた バケツが ふたつ、 えんとつがわりに たてに かさねられています。

挿絵12
「こちらは なつの べっそうでして、 うちの あなぐら ―― いや、 ふゆの いえでは ―― ぐあいが わるいでしょうから。」と ぬかりない とのがた。
 なんと そのこやの うらてに、 もうひとつ ふるい きばこで つくられた あばらやが ありまして。 とのがたは ドアを あけて、 そこへ ジェマイマを とおします。

挿絵13
 あばらやじゅうに はねの けが ぎっしり つまっておりまして ―― それは もう いきが つまりそうなくらいに。 ところが そのぶん とっても ふかふかで きもちよく。
 みずかきジェマイマは こんなに どっさりの はねを まのあたりにして、 ちょっと びっくりしました。 けれども きもちいいので、 まったく てまどることなく、 たまごが うめまして。

挿絵14
 そとに かおを だすと、 すないろひげの とのがたは まるたに こしかけて しんぶんを よんでいると いいますか ―― すくなくとも ひろげては いたのですが、 まなざしは しんぶんごしに ありまして。
 きくばりの ひとなので、 ジェマイマが よるは かえることになると いいますと、 きもちを こちらへ よせてくれたようで。 あくるひ おこしになるまで しっかり みはっておくと やくそくしました。
 たまごと あひるのこが だいすきだとの ことで、 うちの まきごやで きもちよく たまごを うんでもらえるなんて よろこばしいかぎりだと いってくれまして。

挿絵15
 みずかきジェマイマは まいにち ひるすぎに やってきまして。 ぜんぶで 9つ たまごを うみました。 いろは みどりっぽい しろで、 たいへん おおきなものです。 きつねの とのがたは これでもかと みとれまして。 ジェマイマの いないすきに なんども ひっくりかえしては かぞえあげるのです。
 やがて ジェマイマは ついに あくるひから あたためだす こころづもりだと つたえまして ――「で、 コムギを ひとふくろ もってくる つもり。 だって たまごが かえるまで そのばを うごいちゃ いけませんし。 ひえちゃうと あれですし。」と まめな ジェマイマ。

挿絵16
「おくさま、 わざわざ ふくろを おもちいただかなくて けっこうですよ。 オートムギを さしあげます。 それどころか ながながとした おあたためを とりかかるに さきだちまして、 ごちそうを おだしする こころづもりで。 さあ ふたりきりの ディナーパーティを いたしましょう!
 それでは まきばの おにわから ハーブを つんできて いただいても よろしいですか? シソオムレツを つくるのです。 セージや タイム、 ミントに タマネギ2つ、 あと パセリ しょうしょう。 わたくしは つめもの ―― いや オムレツに つかう ラードを てにいれますので。」と すないろひげの とのがたは てぬかり ありません。

挿絵17
 みずかきジェマイマは にぶい ひとでしたから、 セージと タマネギと いわれても まだ おかしいとも おもわなくて。
 まきばの おにわを まわりながら、 あひるの まるやきの つめものに つかう、 さまざまな ハーブを ちょっとずつ くわえとっていきました。

挿絵18
 そして よちよち だいどころに はいっていって、 かごから タマネギを 2つ とります。
 でようとすると、 ちょうど コリーいぬの ケップに でくわしまして。「そのタマネギ どうするんだい? いつも ひるすぎると ひとりで どこへ いってるんだい、 みずかきジェマイマ?」
 ジェマイマは どちらかというと そのコリーいぬが にがてでしたので、 これまでの いきさつを ぜんぶ はなしてしまいます。
 コリーいぬは さえた そのあたまを かたむけながら、 はなしに ききいりました。 このいぬが にやりとしたのは、 ちょうど ぎょうぎのいい すないろひげの とのがたが はなしに でてきたところで。

挿絵19
 あと いくつか きかれたのが、 もりのことと、 そのこやと あばらやが いったい どこに あるか。
 そのあと コリーいぬは そとへ でまして。 むらを かけあしに まわって、 2ひきいる きつねがりの こいぬを さがしますと、 にくやの とぐちのまえで みつかりました。

挿絵20
 みずかきジェマイマは、 ひざし あふれる ひるさがり、 さいごの いなかみちを すすんでいきます。 ハーブの たばと タマネギ2つの はいった ふくろは ちょっとした おおにもつで。

挿絵21
 とのがたは まるたに こしかけて、 くんくんしながら もりのあたりを うわのそらで ながめていました。 ジェマイマが おりたつと、 とのがたは さっと たちあがりまして。
「たまごを かくにんしたら すぐに こやのほうへ。 オムレツに つかう ハーブを こちらに。 ほら さっさと!」
 とのがたは どうも ぶっきらぼうで。 みずかきジェマイマに してみれば、 こんな しゃべりかた いつもとは ちがって はじめてなわけで。
 びっくりするとともに、 こころが ざわざわしてきました。

挿絵22
 なかに おりますと、 あばらやの うらあたりから どたばた あしおとが きこえてきまして。 くろい おはなの だれかが ドアのしたから くんくん やっていて、 するうち ドアに かぎが かけられまして。
 さすがに あわてだす ジェマイマ。

挿絵23
 それから まもなく ものすごい ものおとが して ―― わんわん、 わおーん、 ぐるるるる、 おおーん、 きーっ、 うぎゃっ。
 これよりあと ひげを はやした きつねの とのがたも、 すがたが みえなくなったわけで。
 いそいで ケップは あばらやの ドアを あけて、 みずかきジェマイマを そとへ だしてやります。

挿絵24
 ところが まの わるいことに、 こいぬたちが とめるよりもさきに とびこんで、 たまごを みんな たべつくしてしまって。
 コリーいぬは みみを かまれていて、 こいぬたちは どちらも へろへろ。

挿絵25
 みずかきジェマイマは たまごのために なみだしながら、 うちに つれかえられたのでした。

挿絵26
 6がつには また いくつか たまごを うみまして、 こんどは じぶんの そばに おいていいことに なったのですが、 そのうち かえったのは 4つだけでして。
 みずかきジェマイマによると、 そのとき きが はっていた せいだ、 とのことですが、 じつは そもそも このかた たまごを あたためるの うまくないのですよね。

(おしまい)





翻訳の底本:Beatrix Potter (1908) "The Tale of Jemima Puddle-Duck"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2011(平成23)年9月23日翻訳
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翻訳者:大久保ゆう
2014年3月26日作成
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