化学改革の大略

清水卯三郎




 西哲の学術における、おのおのその学派にしたがいて社を結び、の学ぶところは我が知らざるところを補い、我が知るところは彼の学ばざるところにて、もって相交換し、もって相討論して、しかしてその説を定む。化学のごときもまた、またしかり。
 数年以来ポトアシクソルフェート(すなわち硫酸剥篤亜斯)、ポトアシクヨテェート(すなわち沃酸剥篤亜斯)、ソヂクカルボナァート(すなわち炭酸曹達ソーダ)等の名称をもって舶載はくさいする化学薬品あり。余はじめその名の相反するを疑い、あるいは羅甸ラテンめいとす。のち、新書を得てはじめてその学の一大変革あるを知る。余がこのことを知るの遅きは、欧州化学社中に入らざるのあやまちとす。およそ一派の学には一派の社あり、その社に入てその説を求めざれば、新規発明を得ることあたわず。今その名の相反する理を述て、ここにその大略をしめす。
 けだし電気の化学における、もっとも要とするところにして、原質すなわち元素六十四品(あるいは六十三とし、あるいは六十五とす)のごとき、悉皆しっかい電気の在るありて各自孤陰〈(ネガチブ)〉、独陽〈(ポシチブ)〉の別なきことなし。孤陰、独陽の別ありて孤陰は独陽に配し、独陽は孤陰に合し、もって雑質を生ず。すなわち尋常の薬品なり。しかれども陰陽原質の多寡によりてその名をことにす。たとえば酸化鉄は酸素の多寡にしたがいて鉄※(「金+肅」、第3水準1-93-39)(サビ)〉といい、鉄紅〈(ベンガラ)〉というがごとし。しかれども鉄は酸素において独陽たり、ゆえに今の化学にありては鉄酸化と云わざることを得ず。ここにその順序を列す。
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          孤陰ノ端
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紅銅       酸素
ウラニオム    硫黄
ビスモット    窒素
錫        フルヲリン
インヂオム    コロリン
鉛        ヨヂン
カドミオム    セレニオム
タリオム     燐素
コバルト     砒素
ニクケル     コロミオム
鉄        ワナチヨム
亜鉛       モルブデニウム
マンガネス    チュングステン
ランタニオム   硼素
ヂデイニオム   炭素
セリオム     アンチモネ
シルコニオム   テルリオム
アルミニオム   タンタリウム
エルビオム    コロンビオム
エトリオム    チタニオム
クリユシニオム  硅素
マンガネシオム  水素
カルシオム    黄金
ストロンチオム  オスミオム
バリオム     イリヂオム
リヂオム     プラチニウム
ソヂオム     ロヂオム
ポトアシオム   ルテニオム
ルビヂオム    パラヂオム
ケイシオム    水銀
 +       白銀
独陽ノ端
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 右に挙る表は、酸素を孤陰の端としケイシオムを独陽の端とす。その各箇質点〈(アトム)〉はその上にある質点に孤陰たり、またその下にある質点に独陽たり。たとえばケイシオムルビヂオムならびにそれ以上に独陽たり、酸素は硫黄ならびにそれ以下に孤陰たるがごとし。ゆえに剥篤亜斯は沃酸に独陽たり。沃酸は剥篤亜斯に孤陰たり。曹達的塩酸〈(ソヂクコロリン)〉、黄金的塩酸〈(オウリオムコロリン)〉のごとき、みなその相反する孤陰、独陽の理に係る。水素のごときも硫黄においては独陽たり。ゆえに硫酸中の水素は底類〈(バセス)〉なり。これをもって水素硫黄〈(ヒドロウジン、ソルフル)〉という。また水素塩酸〈(ヒトロウジン、コロリン)〉・水素硝酸〈(ヒトロウジン、ニトロウジン)〉など皆この理なり。かつその質点の説のごとき、粒々りゅうりゅうこれをたなごころに見るがごとし。ああ化学の熟する、目また全牛を見ざらんとす。しるして同好のいまだこれを知らざる者に告ぐ。





底本:「明六雑誌(中)〔全3冊〕」岩波文庫、岩波書店
   2008(平成20)年6月17日第1刷発行
底本の親本:「明六雜誌 第二十二號」明六社
   1874(明治7)年12月19日
初出:「明六雜誌 第二十二號」明六社
   1874(明治7)年12月19日
※表題は底本では、「○化学改革の大略」となっています。
※校注者による冒頭の解説は省略しました。
※校注者による脚注は省略しました。
※〈 〉内の二行書きは原文のルビです。
※校注者による()内の元素記号と元素名は省略しました。
※「ヒドロウジン」と「ヒトロウジン」の混在は、底本通りです。
入力:田中哲郎
校正:きゅうり
2021年2月26日作成
2021年8月29日修正
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