新・平家物語

“はしがき”に代えて

吉川英治




 祇園精舎ぎをんしやうじやの鐘の声、諸行しよぎやう無常の響あり。娑羅しやら双樹の花の色、盛者じやうしや必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず。たゞ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には亡びぬ。ひとへに風の前のちりにおなじ。
 遠く異朝をとぶらへば、しん趙高てうかう、漢の王莽わうまうりやう※(「己/廾」、第3水準1-84-18)しゆい、唐の禄山、これらはみな旧主先皇せんくわうまつりごとにもしたがはず、楽しみを極めいさめをも思ひ入れず、天下てんがの乱れん事をさとらずして、民間のうれふる所を知らざりしかば、久しからずしてばうじにし者共なり。
 近く本朝をうかゞふに、承平の将門、天慶てんぎやうの純友、康和の義親、平治の信頼、此等は猛き心も奢れることも、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道、さきの太政大臣平朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ心も言葉も及ばれね。
〈平家物語 序文・抄〉





底本:「吉川英治全集・33 新・平家物語(一)」講談社
   1967(昭和42)年8月20日第1刷
   1971(昭和46)年11月30日第14刷
初出:「週刊朝日」
   1950(昭和25)年4月号
入力:川山隆
校正:トレンドイースト
2023年7月17日作成
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