祭禮名彙と其分類

柳田國男




 現在我々の同胞の持傳へて居る生活ぶりの中から、どの程度にまで固有信仰のうぶな姿と、永い歳月に亙つた變遷の跡とを、窺ひ知ることが出來るかといふことは、日本民俗學の最も大切な力だめしであるが、私たちは是に二つの相助ける手段があると思つて居る。その一つは人の平常の言葉や考へ方の中に殆と無意識に保留して居る昔風の名殘を集めて見ることで、此方はよその國でも盛んに試みて居るが、なほ其中堅ともいふべき傳説といふ一群の資料が、斯んなにも豐富で又適切で、自由に利用し得られる國はさう多くあるまい。其上に更に第二の方法が日本には具はつて居るのである。上古以來の神祭りの方式は、中代の幾多の改定を經たとは言ひながらも、なほ間斷無く持續して、現にその推移のあらゆる段階に於て、過去の形態の各※(二の字点、1-2-22)或一つを守つて居るらしいのである。廣く且つ細かな比較といふものが、其變化の順序と系統とを、我々に學び知らしめる希望は大きい。私などの計畫は、遠近各地方の異同を詳かにする爲に、先づ若干の重要なる標目を立てゝ、其一つ一つの關係を考へて見ようとするのだが、何が重要な觀察點であるかを決するにも、出來るならば自分たちの判斷を用ゐずに、世間の向ふ所に從つて行かうと思つて居る。それで最初には祭禮の俗稱、即ち外部で勝手に呼んで居る名前が、大體に如何なる特徴に目をつけて居たかを、明かにしようとするのである。私の蒐集は不完全であるが、それでも全部を列記すると紙面を取り過ぎるので、たゞ二三の例を掲げるに止める。他日諸君の援助の下に、別に一册子として纏めて見たいと思ふ。
一、祭日又は季節に基づく名稱
節供祭      舊三月三日、播磨北條住吉神社
たのも祭     八月朔日、羽前三山神社等
つゆの祭     栗花落祭、飛騨栗原神社等
雪祭       正月十五日、信州新野伊豆神社
だら/″\祭    七日間の祭、下總千葉神社など
二、祭地祭場
 是には明かに二通りの式がある。神屋御旅所等の社地以外の場所に、神幸を仰ぐものは別に名がある。常の御社の中で祭を仕へ申す場合には、新たに齋刺の式を行ふ例が多い。
おしめ祭     美作久米郡
榊祭       山形市
尾花祭      越後南魚沼郡
やたての神事   肥後阿蘇神社その他
三、物忌精進(祭前齋忌)
かいごもり祭   備中阿哲郡
忌除祭      筑前牧野神社
をこしや祭    攝津西宮神社等。近世では腰をつねり合ふといふのも、もとは睡眠を禁ずる趣意だつたらしい。即ち起しあひである。
寢祭       三河久丸神社など、起き出してはならぬ祭
戸たて祭     攝津歌垣村
四、神供と食物
團子祭      加賀米丸村神田神社
燒餅祭      因幡若櫻神社
はも祭      丹波篠山澤田八幡
えそ祭      大和八木その他
棒鱈祭      越後津川住吉神社
鯰祭       近江新儀村
泥鰌祭      伊豫西條町等
つぶ(田螺)祭  羽後男鹿大倉村
芋煮の神事    長門吉部八幡
うど(獨活)祭  諏訪御座石神社
わさび祭     丹波知井村
いたどり祭    山城貴船神社
すもも(李)祭  武藏府中
五、神態ノ一
炭置の神事    安房安房神社
鳥乞の神事    甲州玉緒神社
もも手祭     九州四國處々
歩射祭      是も方々にあり
御毬の神事    三宅島
玉取祭      筑前筥崎宮等
綱掛の神事    又綱曳祭多し
鉤曳の神事    伊勢伊賀近江
六、神態ノ二
火祭       多し
おたひ祭     備後鞆祇園社
たひまつ祭    多し
火箱祭      加賀田島天神社
七、神態ノ三
御田植祭     例多し
鍬打神事     石城花園社等
御鍬祭      美濃土田村白髭社など
種蒔祭      薩摩阿久根等
ぞんべら祭    能登鬼屋神社
蝗刺し祭     甲州大草村南宮社等
八、神態ノ四
鬼祭       備中葦高神社秋祭、三河各地は正月祭
護法祭      作州の村々
鬼すべ祭     太宰府天滿宮その他
盜人祭      播州曾根天滿宮等
白状祭      下總香取
ねだり祭     又イドリ祭、醉翁祭、諸處に在り
笑ひ祭      紀州其他、又オホホ祭
泣き祭      遠州大石村等
葬禮祭      若狹内外海村
九、神態ノ五
押し祭      又押合ひ祭、聟押し神事
はだか祭     尾張・信濃・紀州など
喧嘩祭      豐前宇佐、美濃美江寺等
惡態祭      常陸岩間愛宕神社など
尻つみ祭     伊豆伊東音無神社その他
一〇、神渡御
濱出祭      又濱降り祭、御出祭等多し
通ひ祭      又ウハナリ祭、行逢祭など
おたりや祭    下野宇都宮
青山祭      信州犀川流域各地
花つみ祭     和泉鳳神社
鉾祭       是も方々にいふ
帶祭       又大名行列、駿河島田等
いりこ祭     能登安宅町、又麥こがし祭
灰ふり祭     肥前東松浦等
石あげ祭     又石取祭、石つり祭、尾張・伊勢
一一、風流と演伎
かぶき祭     又ガフ祭、シャギリコ等
てんてん祭    或はヒンココ祭、ボンボコ祭、ツウクラ祭、ボテボテ祭、此類多し
やアやア祭    出雲美保諸手舟神事、又ホウオウエンヤなど
きねこさ祭    まら祭などいふ所もある
尻振り祭     豐前井出浦
うなごじ祭    三州牛窪
一二、神供分配
御鳥喰ひの神事  安藝宮島その他多し、前の鳥乞神事も同じかも知れぬ
鴉祭       是も各地に在り、祭終りて行ふものをこゝに入れる
引合ひ餅の神事  大和葛村引合八幡
一三、雜及び未定
 此項はまだ當分必要だが、他日それ/″\に分屬せしめ、又は新しい目を立てなければならぬ。各地古くからの名稱で、由來の明かでないものは暫く是に入れて置かうと思ふ。二三のやゝ珍らしいものを例示して、成るたけ多くの今後の追加を希望する。
槍祭       東京王子神社初秋の祭、小さな木の槍を買ひ、社に納めて古いものを貰つて來る
子授け祭     土佐吉良川八幡社御田祭、酒絞り女の子を産む所作がある。其人形を子のほしい女が奪ひ合ふ
目くされ祭    秋田男鹿のくわう神樣、此祭の日に目の惡い人が多く參籠する
夕立祭      尾張米野村生田神社、馬方が落雷の災を免れた記念といふ
をこじよ祭    加賀小松山王社、此町の功勞者某の爲の祭といふが、名の起りはまだ明かで無い
水かけ祭     陸前大原町、嚴冬に參拜者に水を掛ける。以前の大火災の記念ともいふ

 以上列記した祭禮は、何れも土地以外の人々に知られ、何か名を付けずには濟まなかつたもの、即ち有名なる祭ばかりである。有名になつた特徴は止めるわけに行かず、永く古い頃の方式を保持する。さうして又見聞が少數人だけに限られて居ない故に、我々の共同研究の出發點とするにふさはしい。出來るだけ數多く此等の例を集めて置きたいと思ふ。





底本:「定本柳田國男集 第二十九巻」筑摩書房
   1964(昭和39)年5月25日発行
初出:「民間傳承十一號」
   1936(昭和11年)年7月
入力:フクポー
校正:津村田悟
2021年6月28日作成
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