大唐田または唐干田という地名

柳田國男




 トウボシという稲について、本誌紙上質問の第一号に答を求めたのは自分であった。残念ながらこの稲の特殊の由来に関してはいまだ多く得るところがない(郷土研究一巻二五一頁、六三七頁等参照)。トウボシの実飜みこぼれ多きこと、及びこれをほしいにすることも事実であるが、それが名称の起原だという説の信じにくい理由は、前者については怪我けがにもトウコボシまたはトウコボレと呼んだ例を聞かぬこと、後説に付いては稲を乾飯ほしいいというのが家猪ぶたをハムと呼ぶと同様不自然であることである。トウボシという語は全国に通用している。『沖縄語典』によれば、沖縄では赤米をアカグミーまたはテァウブシャという。古い伊予の農書『清良記せいりょうき』七巻上に、太米たいまい(大唐米の一名)の八品を列挙し、その第七に唐穂生とうぼせいがある。要するにこの稲の伝来をつまびらかにするにあらざれば名義の知りがたきはもっともである。自分にも多少の説があるが、まずトウボシという名称を帯びた地名を挙げておこう。
常陸ひたち真壁郡太田村大字野殿唐米とうぼし
下総しもうさ千葉郡千城ちしろ大字小倉唐籾とうぼし
上総かずさ市原郡五井ごい大字平田当干田とうぼした
安房あわ安房郡曾呂村大字上野唐穂種田とうぼしゅだ
磐城いわき相馬郡大甕おおがめ大字しずく遠摸志とおぼし
陸前加美かみ郡大村――当宝志とうぼし
下野しもつけ河内郡吉田村大字中川島遠星河原とおぼしがわら
甲斐かい西山梨郡住吉村――トウボウシ田
石見いわみ美濃郡小野村大字戸田小野谷小字※(「禾+山」、第3水準1-89-37)とうぼうしだ
肥前杵島きしま郡武内村大字三間坂唐干田とうぼしだ
大隅おおすみ姶良あいら[#「姶良郡」は底本では「始良郡」]牧園村大字万膳斗星田
 これは多くある同種の地名の中から数例を抜き出したまでである。自分はまた大唐田だいとうだという地名をも集めてみた。丹後・但馬たじま美作みまさか・備前・備中にかけていくらもある。農夫が稲を選択するのは自由であれば、特定の稲の名を地名に負うはずがない。ゆえにこれらの地名ある田は、トウボシでなければ作れない場処、すなわちドブまたはフケまたはクテなどと称する卑湿の水腐場すいふばに限ったものと思うが、果してそうであるかを検してみたいものである。かりにしかりとすればトウボシは第二期の開拓の時に始めて採用せられた稲種なりと言い得る。自分はなおその上に第二次の植民が持ち来たったものとまで言いたいのであるが、稿を改めて教えを受けるであろう。
(「郷土研究」大正三年七月)





底本:「柳田國男全集20」ちくま文庫、筑摩書房
   1990(平成2)年7月31日第1刷発行
底本の親本:「定本柳田國男集 第二十巻」筑摩書房
   1962(昭和37)年8月25日発行
初出:「郷土研究二卷五號」郷土研究社
   1914(大正3)年7月1日
※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。
入力:フクポー
校正:木下聡
2020年1月6日作成
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