私生兒の方言

柳田國男




 前號以後に知り得たる二三の例。
 近江伊香郡でツキヨゴ、三十餘年前の縣の方言調査書に出て居る。私通をツキアヒといふ土地もあるが、此郡ではどうであらうか知らぬ。もし月夜兒であつたら面白いと思ふ。關東諸縣には山中の平地に、月夜野といふ地名が多い。或は夜中そこに集まつて、何か祭を營んだ故跡では無いかと思つて居る。それと關係があつたとしたら、注意して見なければならぬ。
 三河碧海郡誌には、シクジリコ、或はホッタゴ、テテナシゴともいふとある。ホッタゴは多分前の「出雲方言」のフリタゴと一つであらう。
 信濃西筑摩郡誌には、ヒジョッコ、又はピチョシコ、ビンコとも謂ふとある。同書に扶助兒ならんと説いて居るのは當てずつぽうで、是も同縣下水内郡のヒジョッコと同じく、ヒロイッコからの轉訛に相違ない。併し何が故に棄兒と名を同じくするかは、まだ我々にも解説し得ない。
 遠江周智郡誌にはイボッコ。但しこれは同國磐田郡の如くツボッコであるのを、誤植したのでは無いかとも疑はれる。土地の人に尋ねて見る必要がある。
 北秋田の大館附近では、同縣仙北郡と同じホンマチゴと謂つて居る。ホンマチは私貯財産のことである。
 美濃山縣郡誌にはマツボリゴ。マツボリもホンマチ、フリタ、シンガイと同じく私の財産のことであるから、此意味は略※(二の字点、1-2-22)分つて居る。
 此序に、佐渡では連れ子のことをセナカウチゴと謂ふさうだ。恐らく義父の按摩でもさせる子といふ輕い名で、母親の負擔といふやうな、考へた意味は無いのであらう。





底本:「定本柳田國男集 第十五巻」筑摩書房
   1963(昭和38)年6月25日発行
初出:「民族 二卷五號」
   1927(昭和2)年7月
入力:フクポー
校正:津村田悟
2022年11月26日作成
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