童兒と神
柳田國男
プエブロを家とする赤色土人の赤ん坊と、金字塔の底に眠る埃及のミイラとは、同じ人間でも端と端との相異であるが、その姿が不思議なほどよく似てゐる。しかも雙方ともに自身には考へがなくて、これを愛するものがかういふ格好に、その體を包んでやるのである。かくの如き共通は偶然か、はたまた隱れたる理由があるのか。それを研究して見ようとする勇敢な學者が、あるか否かも自分はまだ知らぬが、兎に角に小兒の世界にはまだ神祕が遺つてゐて、稀にちらりとその片端を見せることが、日本などにもあるやうに思ふ。そんなことを今自分は考へてゐるのである。
去年ある友人が與那國の島から、携へて還つて來た寫眞の中に、母が白い麻のクミヤーと名づくる單衣で、小兒を脊に負ふ風俗を見せたものがあつた。五六尺ばかりの二布を、半分縫ひ合せて脊筋とし、前は離れ/″\にして、これをたすきに掛けると、我々のおぶひ帶のやうに十文字に引締る。至つて重寶且つ便利なる品である。その製作は簡單で、頗る巫女などの用ゐるチハヤといふものに似てゐる。南の島々でも白色は神用であつて、常人は忌みてこれを使はず、またこの類の衣は祭に奉仕する女性以外に、着ることがないやうに思ふ。
さうすると小兒ばかりが、かういふ待遇を受けることは、よつぽど不思議であるが、よく氣をつけて見ると我々の中にも、これと似た習ひがまだかすかに殘つてゐるのである。關東の方では子供を負ふはんてんに、平袖の袖があるけれども、西の方では袖なしが普通であつて、綿入れではあるが形状は著しく、右申すクミヤーに近い上に、今度の旅行で豐後伊豫などで見たものは、春の季節であるのに白地のものが多かつた。遠くからでも眼につくのは、かすりでも染模樣でも、子供を負うたもりばんてんの、白つぽい袖なしであつた。襟やおくみがついて別物のやうにはなつたが、なほ暗々裡に色の好みが、古い風習を傳へてゐるのではないかと、考へられたのである。
それから次に考へ及ぶことは、中世の武人が戰場に着て出た、ホロといふものゝ起原である。母の衣と書くところから、昔唐土の或國になどと、事々しい由來談を軍學者たちは説いたが、ちつとも根據のないことであつた。古い畫にあるのと合致するから、遊就館などに出て居るものが、古くからの形かと思ふ。さうすれば疑ふところもなく、裳すなはち婦人の腰卷である。腰卷を魔除けとする思想の、今一つ前に溯つて、何か母の衣が子を保護するといふ信仰があつたのでは無いか。沖繩ではひだの多い女の裳を、カヽンと呼んでゐる。ハカマといふ語と、本が一つではないかといはれてゐる。今日の沖繩婦人はもうこれを使用せぬが、しかも生れ兒はそのカヽンを以て包むのみならず、祖母その他の老女が小兒に名をつける時には、儀式として頭からカヽンを被つて出ることになつてゐる。恐らくはこれに類似する風習が内地にもあつて、東國の勇士たちまでが、母の衣の力を軍陣の間に利用することになつたのであらう。
小兒にケサといふ名を與へることは、日本全國に亙つて古くからの習であつた。文覺上人に殺されたけさ御前から越後の盆歌のおけさ女郎に至るまで、女にもあれば男の兒にも今朝吉けさ太郎が隨分多い。それが九州の南などに行くと、田篇に衣と書き、若くは田の下に衣を附けて、それをケサと訓ませてゐる者があつて、その説明には物知りも弱つて御座る。これなども自分は母の衣の、一轉したものかと思つてゐるがどうであらうか。通例はかういふ名を子供に附けるのは、胞衣の紐を肩に掛けて、産れて來た者に限ると説明せられる。しかしそれは必ずしも説明にはならぬやうである。ケサといふ名を與へれば災害が避けられると考へるには、別に何か根據がなくてはならぬ。これもやはり最初は母の衣の力を以て、小兒を保護しようとしたものが、その外形の似たところから、これをけさと呼ぶことになり、後には又物はなくてもその名さへあれば、まじなひとして十分だと、考へるやうになつたのではなからうか。
貝塚の底に押曲げて人を埋めた時代から、小兒だけには特別の待遇があつた。成長して一人前になるまでの間は、祖先の靈から假に預かつてゐるものゝやうな考へが、大昔の人にはあつたらしい。それ故に多くの信仰行爲には、日本などではよく小兒を參與せしめてゐる。兒文珠の信仰なども、斯ういふ固有思想に根ざしてゐるやうである。
底本:「定本柳田國男集 第十五巻」筑摩書房
1963(昭和38)年6月25日発行
初出:「大阪朝日新聞」
1925(大正14)年5月18日
入力:フクポー
校正:津村田悟
2025年3月15日作成
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