昔、寺田(寅彦)先生が、よく「線香の火を消さないように」という言葉を使われた。
大学を新しく卒業して、地方の中学校即ち今の高等学校などへ赴任する学生が、先生のところへ
特別に優れた人たちのことは別として、普通の意味での秀才でかつ
そういう場合に、その原因とか、理由とかいうものを考えても、結論は出るはずがない。一々の場合について、条件は皆ちがうからである。運ももちろんあろうし、本人の本当の能力が、時とともに現われて来る場合もあろう。しかし千差万別の条件の差を超越して、普遍的に言えることが少くも一つはあるように思われる。それは、研究者として成熟した人は、線香の火を消さなかった人である。
科学、たとえば物理学のような学問をやっても、皆が研究者になる必要はない。しかし科学をやった以上は、やはり研究者となるのが本筋であって、他の方面はいわば傍系である。もちろん教育は非常に大切であり、また科学行政のような仕事も、国家的見地から見れば、区々たる研究などよりも、もっと重要である。しかしそれにもかかわらず、本筋は何かと聞かれれば、やはり科学者の任務は研究にある。ということは、現在ばかりでなく、将来を含めても、言い得ることのように思われる。
そういう意味で、寺田先生の「線香の火を消してはいけない」という言葉には、重要な意味があるような気がする。この頃になって、三十年も昔に言われた先生の言葉を、しみじみと思い出しているのには、わけがある。
先年、二年あまりアメリカの研究所で仕事をして見て、日本と
(昭和三十年十月二十二日)