海底の散歩

中谷宇吉郎




 今日の地球上で、人間の生活と縁が近いようで、その実いちばんかけはなれた世界は、水中の世界、すなわち水界である。虫も鳥も獣も人間も、空気中に住んでいる以上、それらは気界の生物である。
 水中の世界は、まったく別の世界である。われわれは魚と海藻、それに各種の海中動物の知識、それだけでもって、水界の景観を描きだしている。しかしその姿は、いわば頭の中で作りだされたもので、実際の海底の景観は、水中に潜って見なければ、実感をもって体験することはできない。行動の世界は思惟をもって律することができないのと同様である。
 八月十七日。忍路おしょろ丸は熱海の沖合、ビダガネ岩礁の上に、さっきからずっと碇泊している。気づかわれた台風は、北西にそれたらしく、海はきわめて静かである。しかし台風の影響を受けて、うねりは少しある。海水はそのためにいくぶん濁り気味で、前日の透明度十一メートルが、今日は六メートルに減っている。きのうまで紺碧であった海水が、今日は少し白味を帯びて、青磁色がかって見える。
 まず無人テスト。つぎに設計者緒明氏たちの潜水。ともになんら異状が認められない。緒明氏と同乗した佐々木博士は、刻々に状況を電話で伝えてくる。海水は濁っていて、何も見えないが、機内はきわめて快適な状態にある。という嬉しそうな声である。
 潜水二十分。緒明氏たちが、元気な顔をして、ハッチから出てくる。ひきつづいて、写真班の宮崎君と、製作責任者関根氏とともに、機内に乗り込む。二人乗りに設計された潜水機であるから、少し窮屈ではあるが、短時間の潜水テストには十分である。
 ひととおり測器の点検をして、電話で降下を依頼する。うねりで船体が少しゆれているので、機はかなり動揺しながら、水中に入る。窓が海面にかかると、きゅうに周囲が薄緑色の世界になる。窓に砕ける波が、たくさんの泡沫あぶくをつくる。その無数の泡が、さかんに躍りながら、窓ガラスの前をあがっていく。ラムネびんの中にはいったような感じである。
 潜水し終った瞬間に、海面を下から仰いだ景色が、非常に印象的であった。明るい海面に、無数の波紋が美しい曲線をなして、ゆらゆらと遥曳ようえいしている。碧一色の模様ではあるが、濃淡さまざまのその配合の動きは、まさに光の生きた芸術である。天然色の映画にとったら、さぞ美しい映画ができることだろうと、のんきなことを考えているうちに、十メートルぐらい一気に潜降する。
 ここで暫く潜水機を止めてもらって、観察をはじめた。四つの窓は、どれもこれも、油絵具の青緑色にホワイトを十分加えたような色をしている。機内は暗く、四つの窓からだけ、この碧の光がさしこんでくる。海水の色は、上から見た場合とは、まるで性質が違っている。水中の世界では、なんでも透過光で見るわけだから、もちろん異っているほうが当然である。ちょっと説明のしようのない色である。もし透明な碧玉というものがあったら、こういう色彩の感じを与えてくれることだろうと思う。
 海水は濁っているので、透明度は悪い。しかし濁っているといっても、河川の場合とはちがって、泥がまじっているわけではない。よく落ちついて見ると、みどりの水の中に、白い粒子が無数に躍っている。そしてそれらが、窓ガラスの前を非常な速度で流れている。そういう粒子による光の散乱で、影像のコントラストが悪くなるだけであって、明るさはあんがいに明るい。海中の水平視程の研究は、まだほとんどなされていないが、これは早速よい研究題目になるであろう。
 しばらく待っていると、ヴェールのかなたに、なにか動くものが見える。その一つに眼を止めると、その横にも出てくる。またその奥にも現われてくる。空気中に空気のかたまりができてくるように、これらはいわば妖精のごとくに現われてくるのである。鰺の大群であることがすぐわかった。そのうちにだいぶ窓に近づいてきたので、魚体がよく見える。予期どおりに、流麗な形をして、水の中に溶けこむような姿で泳いでいる。
 ちょっと意外に感じたのは、その色である。鰺の色には、気界の生活ですでに十分馴染があるつもりであった。ところが水中では、それがまるで違った色彩に見える。というよりも、ほとんど色彩がないのである。魚体の色は、周囲の薄緑の海水の中に溶けこんで、ただその緑がほんの少しばかり濃いだけである。極端に形容すれば、ガラスの魚が泳いでいるような感じである。
 もっとも考えてみれば、当然のことであって、これが魚にとっては保護色になるのであろう。生活環境の光に、体色が支配されるので、きわめて自然なことともいえる。鰺にとっては、太陽光は白色光ではないのである。それにしても、ビーブその他の外国の学者たちが、水中写真を撮り得なかった理由も、少しわかるような気がした。写真撮影にはきわめて困難な棲息状態で、生きているわけである。
 海底の景観について、われわれはすでに相当の知識があるつもりでいる。小学生の雑誌の口絵にも、よく海底の絵がでている。赤い珊瑚の林の間に、色とりどりの海藻が雑草のごとくに群生し、その間をいろいろな魚が泳いでいる景色がそれである。
 しかし実際の海底は、まるで違った景観である。一番嬉しいのは、色彩がまるで別の世界に属していることである。第一回のテスト潜水で、深度は二十メートルふきんと測定されているのに、二十メートルまでもぐってみても、底らしいものは、ぜんぜん見えない。周囲の窓ガラスはもちろんのこと、海底観測用の底部の窓も、依然として、碧玉色の薄明である。ただ底部の窓から見える光が、少し濃いみどりを呈しているにすぎない。
 うねりのために、船の動揺が相当あり、潜水機もかなり動いているらしい。ちょっと危険な感じもしたが、思いきって海底に着陸してみる気になって、電話で連絡をする。船の上では相談があるらしく、ややしばらくしてから応答があって、「それではさげます」という。ところが驚いたことには、二メートルも降りたか降りないかと思ううちに、がくんと猛烈なショックがあって、潜水機は擱坐かくざをしてしまった。同時に機はどっと傾いて、すぐ眼の前に、尾翼がぬっと見えてきた。搭乗員は将棋だおしになり、上からざあっと水が降ってくる。ガラス窓が破れたかと、ちょっと冷やっとしたが、これはどこかにたまっていた水らしい。こんなことが起ろうとは、夢にも考えていなかったので、測器類のうちで、簡単に壁にかけてあったものが、がちゃがちゃと落ちてくる。海底の断崖のところに着陸したらしい。
 横倒しになりながらも、電話器は放さなかったので、すぐ一メートルほど上げてくれと頼む。あとから考えてみると、胴体のほうに浮力がきいているので、横だおしになっても転がることはないはずである。その点致命的な心配はないのであるが、あまりとっさのことなので、少々慌てたらしい。
 母船上での操作は非常に巧くいっているらしく、数秒のうちに鋼索がぴんと張られ、機はほぼ正常の位置にもどる。この間きわめて短時間の間に、窓ガラスの前に現出したのが、待望久しき海底の真景観であった。
 一言につくせば、それは白褐色の世界であった。けわしい岩礁が寄りそって、その間が暗い断崖になっている。岩礁は、岩肌がぜんぜん見えないほど、珊瑚と海百合と海藻とでおおわれている。珊瑚といっても、珊瑚礁を作る連中の仲間で、もちろん真紅の本珊瑚ではない。ごく少しばかりの褐色を帯びた白い色をしている。細く枝わかれしたその白い灌木の間に、褐色の海藻が群生している。海藻の知識がぜんぜんないので、種類は全くわからないが、形はどれもてんぐさに似て、細い糸屑の束のような姿である。色はとりどりに違っているので、少なくとも三種類はあるのであろう。ただ違った色彩といっても、いずれも白褐色の系統で、その褐色の程度に幾分の差があり、それに黄色か赤色かが、少し加わっているくらいのちがいである。昆布のような形の藻も、二、三本視野の中に見えるが、これは少し濃い褐色である。長さは三尺ぐらい、北海道の海辺で見る昆布の半分もない。
 こういう海藻類も、空気中に引きあげてみれば、それぞれもっと違った色に見えるのであろう。しかし海底では、どれもだいたい似た色彩に見える。一面に薄靄のかかった一様な調子トーンである。これに似た景色を前に見たような気がちょっとしたが、それは錯覚であって、この景観の記憶は、ヨーロッパの古城に秘められた古いゴブラン織の思い出である。本来けばけばしい色彩を嫌った貴いゴブラン織の壁掛が、長い年月のうちに次第に色があせて、一様に薄い黄褐色の調子を帯び、独得の美しさを呈している。海底の真景観の美は、このゴブラン織に通ずる美しさであって、雑誌の色彩口絵の色調ではない。
 魚の場合でもそうであったが、海底の景色もまた、写真に撮るには、もっとも不適当な色調である。横倒しになりながら、同乗の写真班宮崎君に、急いで写真を二、三枚撮ってもらったが、ほとんど写っていなかったことが、後になってわかった。そういえば、外国にも海底の写真で、いわゆる美しい写真は、ほとんどないようである。それが本当なのであろう。
 しかしいわゆる美しい写真にはならなくとも、このゴブラン織の世界は、別の意味で、非常に美しい世界である。天然色を使えば、あるいはこの独得の美を気界に伝えることができるかもしれない。
(昭和二十六年八月)





底本:「中谷宇吉郎集 第六巻」岩波書店
   2001(平成13)年3月5日第1刷発行
底本の親本:「黒い月の世界」東京創元社
   1958(昭和33)年6月30日
初出:「読売新聞」読売新聞社
   1951(昭和26)年8月20日
※初出時の表題は「海底散歩―「くろしお号」に乗り込んで」です。
入力:kompass
校正:岡村和彦
2021年2月26日作成
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