私のふるさとは、石川県の片山津という温泉地である。
この
温泉地であるから、毎晩のように三味線の音や女の唄声などが、宿屋の明るい窓を洩れて、暗い湖の
北陸地方のことであるから、冬になると、よく雪やみぞれをまじえた強い風が吹いた。そういう時は、温泉宿にもほとんど客がなく、湖がまるで海のように荒れた。その浪音が、床の中までひびき、枕もとのランプの小さい火がゆらゆらと動いた。戸じまりの悪い田舎の家は、いろいろなところが、がたがたと鳴った。
そういう晩は、私と弟は、祖母の床にもぐり込み、その両わきにぴったりと身をよせてねた。祖母は、天狗の話だの、海坊主の話だのをよくしてくれた。近くのどこそこの子供が天狗にさらわれたり、隣り村の何兵衛さんが、今夜のような晩に、潟へ出ていて、海坊主に遇ったりした話である。祖母の若い時代には、そういうものが、この湖のほとりには実際にいたのである。
小学校へはいると同時に、私はこの土地を離れたので、温泉地の姿そのものの印象はうすい。私のふるさとは、この祖母の話の中に一番多く生きているようである。
(昭和二十六年五月放送)