科学の国際連合

中谷宇吉郎




 一年ぶりに、旧の研究所(イリノイ州ウィルメット所在雪氷永久凍土研究所)へ顔を出してみたら、大分新顔が増えていた。皆外国人で、雪や氷や凍土の研究をしている男であって、名前は論文を通じて知っていた連中である。
 前にも書いたことがあるが、アメリカの科学は、非常に実用的であって、直接自分の国に必要でないと、あまりやらない。従って新しい方面を開拓するような場合には、金や設備には困らないが、人に困ってしまう。しかしそういう場合には、外国から専門家を招いて仕事を始め、その間に自国の研究者を養成する。それで四、五年もすると一応目鼻がつく。いったんそうなると、金はあるし、組織的な仕事には適した国情なので、どんどん生長する。
 雪や氷の研究でも、まさにそのとおりであった。アメリカにも雪の沢山降る所もあるが、そういうところには、普通人が住まないので、今まであまり問題になっていなかった。ところがこの近年飛行機が発達して、北極越えでヨーロッパと米大陸とをつなぐような形勢になった。そうなると、アラスカやグリーンランドに飛行場をつくる必要が出て来て、急に雪や氷の問題が、表向きになってきた。
 それで早速、低温の研究所をつくるということになったが、すぐ困るのは、人である。幸いもとスイスの雪崩研究所にいたベーダー博士が、米国に来ていたので、それに頼むことになった。私も二年間お手伝いをしてきたわけである。それで一応研究所は動き出したが、まだまだ人が足りない。
 その後方々の国の学者を探していたらしいが、その話がまとまったものとみえて、今度来てみたら、四人も新顔が集まっていた。面白いことには、それが皆ちがった国からであって、まるで国際連合だといって、昼飯のときに笑ったくらいである。
 ドイツからイェリネク博士、オーストリアからフックス博士、アルゼンチンからコルテェ博士、ラトビアからアシューア博士という四人である。他に日本からも近く私の代りに一人来ることになっているし、スイスのベーダー博士と、オーストラリアのスモール氏とを入れると、七カ国、それに地もとの米国の学者を加えると、八カ国の連中が、一つの建物の中で仕事をするわけである。
 科学そのものは国際性を超越しているが、そのやり方は、国によって皆ちがう。それでこういういろいろな国の学者が集まっていると、互いに研究上の利益が得られる。それを自国へ持ち帰れば、自国の学問にも、新しい空気を持ち込むことになる。ソ連まで入れたこういう科学の国際連合が出来る日が来れば、まさに理想的である。





底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
   1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
   1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
   1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
   1955(昭和30)年8月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年7月27日作成
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