警察を凹ませた話

中谷宇吉郎




 明治の日本の小咄に、こんなのがある。
 錢湯から出て來た男が、月を仰ぎながらいい氣持で立小便をしていた。そこをお巡さんに見つかって「おい、こら、何をしてるか」と咎められた。その男は慌てて「へい、手拭をしぼっていました」といった。そしたらそのお巡りさんが「なるべく家へ歸ってからしぼった方がいいな」といった、というのである。
 それと反對の話もある。これは或る執念深い男の逸話として傳えられているのであるが、その男が若い頃、立小便をしているところを、巡査に見つかってしまった。いくらあやまっても勘辨してもらえず、到頭バッキンをとられた。その男がひどくくやしがって、その後何ヵ月となく、その巡査のあとをつけて、或る晩、立小便をしているところをつかまえて仇をとったというのである。
 この二つの話は、日本人の性格の二つの面を示すように思われるので、一寸面白い話である。ところが、これに類縁の話が、最近アメリカにもあった。形は一寸あとの場合に似ているが、話の性格が少しちがっているところが面白いので、紹介することにする。
 何でも中部の或る町の話である。アメリカでは自動車に二つの登録が必要で、一つは州の登録番號、今一つは自分の住んでいる町なり市なりの登録である。州の方は日本のナンバー・プレートと同じもので、これがないと自動車を走らせられないので、買った即日、この登録をして、番號札をもらう。この方はやかましいので違反は滅多にない。
 ところが町の方の登録は、それほどやかましくない。札も小さいラヴェルをくれるだけで、これはフロントの硝子の隅に貼っておくことになっている。それでつい役場に行くのを面倒臭がって、登録をおくらせる連中がちょいちょいある。
 しかし、違反は違反なので、この中部の町で、登録札を貼っていないというので、つかまった男があった。その男がくやしがって、警察の近くの自動車置場へ行って、調べてみたら、そこだけでも十臺、この登録札の貼ってない車があった。それで早速、その車のプレート・ナンバーを書いて本署へ手紙を出した。
 本署で調べてみたら、果してそのとおりで、しかも十臺のうち六臺までが警察の車であった。慌てて町中の警察の車を調査したら、この登録札のない車が、三十臺あったそうである。
 それでいろいろ調べてみたが、「警察の自動車には町の登録をしなくても良いという規則が、どこにもないことが分り」、この三十臺の自動車に早速登録を命じたと、新聞に書いてあった。
 一寸面白い話である。





底本:「百日物語」文藝春秋新社
   1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年12月14日作成
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