アルゼンチンのインフレーション
中谷宇吉郎
インフレーションといえば、たいてい敗戰國に限られているように、考えられがちである。しかし戰爭をしなくて、中立國として大いに儲けた國にも、インフレーションが起ることがある。その一つの例がアルゼンチンである。
南米は日本には大分人氣があるようである。アルゼンチンといえば、南北米大陸を通じて、合衆國、カナダにつぐ繁榮の國であるから、南米中では花形といっていい。ところが、その國がインフレで、ペソが約十分の一の値打になってしまって、眞面目に働いている勤勞者は、皆困っているそうである。晝食の時に、アルゼンチンから最近やって來た男が、この話をしていた。インフレーションの一番の原因は、生産能率の低下と、賃銀の急激な引上げにあった。今度の戰爭中に、アルゼンチンは、事實上の中立國として、大いに儲けたのであるが、そんなものは一遍にふっとんでしまった。
アルゼンチンは、もともと貧富の差がはげしいところで、金持はたいへんな贅澤をしていたが、勞働者はひどい貧乏に苦しんでいた。ペロンが大統領になって、この好況に乘じて、勞働者の賃銀を、大幅に値上げし、その生活水準を引き上げようと圖った。その點はたいへんいいのであるが、その方法をあやまったらしい。
社會政策をとり入れるために、まず大企業の國家管理を行った。今まで自由産業だったものを、大部分國家統制にしたが、いずれも目立ってその能率が落ちた。石油産業は、アルゼンチンで最も巧く行っていたものであるが、國家管理にしたら、五年のうちに、もう石油はアメリカから輸入しなければならなくなった。生産が、がた落ちになったのである。鐵道はもと英國資本の下にあったが、戰爭に伴なう民族意識向上の浪に乘じて、それを取り上げて國家事業にした。ところが數ヵ月のうちに經費が膨脹して、一日に百萬ペソずつの赤字になった。
大企業を國家管理にして、今まで少數の資本家が儲けていた分を、從業員一同に分けてやるというのは、理論としては、まことに結構である。しかしそれは今までどおりに生産をあげられるという假定の下においてのみ、言い得ることである。
アルゼンチンの場合は、大統領が先頭に立ち、勞働者の味方として、各種の大企業をいわば勞働者の手に渡した。ところが途端に人員が増え、官僚統制の非能率な面だけがばっこして、經費ばかり増えて、能率はひどく落ちてしまった。それでペソの値打はどんどん下がり、少しくらい賃銀を上げて貰っても、生活はもとよりも、もっと苦しくなった人間が多い。前途は甚だ暗澹たるものだという話であった。
アルゼンチンくらいが、今の世界では、地上の樂園かと思ったが、どうもそうでないらしい。
底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年8月31日作成
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