クロス・ワーズ・パズル

中谷宇吉郎




 夏期コースがすんで、やっと休みになったというのに、娘の一人が、机にしがみついて、何か一所懸命にやっている。「試驗がすんだから、勉強を始めているのかい」と冷やかしたら、「そうじゃないのよ。今三千ドル儲けている最中よ」という。見ると、新聞のクロス・ワーズ・パズルである。
 アメリカの新聞には、よくこの手があって、簡單そうなクロス・ワーズ・パズルを出して、正解者には何千ドルという賞金を出すと書いてある。今の場合は、それが三千ドル、即ち百八萬圓の懸賞である。
 いくらアメリカでも、百萬圓といえば、相當な大金で、それが新聞の切拔きを一枚送れば貰えそうなのであるから、皆ちょっと誘惑されるのも無理はない。しかも見たところ、まことに簡單そうに見えるのである。
 事實、大部分は非常に簡單で、すらすらと解ける。むつかしそうなところへは、丁寧に初めから字がはいっている。それで皆出來たつもりで投書するのであるが、それがなかなかあたらない。何千人か、多分、何萬人という人が、日曜ごとのこのパズルに應募するのに、滅多に賞金を貰う人がいない。もっともそう簡單に貰えたら、新聞社のほうで困るわけである。
 實はこのパズルには祕密があるので、なかなかあたらないようになっているのである。それは言葉の頭か尻尾かに、鍵にはまらない字が一つはいっている。日本流に直していうと、たとえば「Xミナリ」という言葉があって、ミナリは横の言葉からすぐ分るようになっている。そしてこの言葉の縱の鍵は「遠くに聞える……の音」とある。ミナリが分っているので、誰でもカミナリと書き込む。しかしそれはウミナリかもしれないのである。カかウかは、この字のところに横の言葉がないので、絶對に分からない。もっとも鍵には、後から聞けば、なるほどウミナリであって、カミナリではないと分かる點もあるが、それが非常にむつかしい。
 それなら二枚出して、カミナリとウミナリと兩方書いて送れば、どっちかがあたるわけである。事實そのとおりなのであるが、厄介なことには、そういうところが、一つではない。二ヵ所あるとカミナリに對して二枚、ウミナリに對して二枚、計四枚の答を送る必要がある。三ヵ所あれば八枚、四ヵ所あれば十六枚と殖えて行く。
 實際は、そういうところが普通二十ヵ所くらいあるように作ってある。それで可能な答を全部作ると、二の二十乘倍の答案を送らねばならないことになる。計算して見ればすぐ分るが、これは百四萬をちょっと越す數である。
 百萬枚のちがった答案を送ると、そのうち一つがあたるのであるから、罪なパズルである。





底本:「百日物語」文藝春秋新社
   1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年12月20日作成
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