ソ連の人工衞星
中谷宇吉郎
八月十五日のシカゴ・サン・タイムスに、ソ連の人工衞星の研究の話が出ていた。見出しは「動物を三百マイルの高空まで打ち揚げる」というのである。
先日、アイクが、アメリカの人工衞星の豫算を承認したことは、日本の新聞でも大々的に報道されたが、この人工衞星の問題でも、目下米ソは眼に見えない競爭で、しのぎを削っている傾きがある。
人工衞星の計畫は、もとはヒットラーの夢として、ドイツで提出されたものであるが、それは戰後アメリカに引きつがれ、今またソ連が猛烈なせり合いを始めたという恰好である。
人工衞星が出來れば、そこをベース・キャンプとして、月や火星に行くことも、科學的に、少くも可能にはなる。アメリカの科學者の計畫では、三段のロケットを作ることになっているが、問題は速度であって、時速五千マイル程度の第一段ロケットが出來れば、これは可能になるのである。
それでこの問題は、ロケットの速度をどこまで上げられるかという點に歸するわけで、速度が増せれば、高いところまで打ち揚げられる。アメリカでの單一ロケットの最高記録は、一九四六年十二月十七日に、ニュー・メキシコ州で作られたものが發表されている。それは高度一一四マイルである。その後親子ロケットで二五〇マイルの記録がつくられ、それが今まで發表された最高記録である。もっともこれは高さだけの記録であって、生物を入れて打ち揚げた記録としては、八〇マイルまでしか知られていない。それは猿であった。
ところが今度ソ連の遊星旅行委員會の祕書カーペンコ氏が發表したところによると、ソ連はラジオ誘導のロケットで、五〇〇キロ(三一〇マイル)の記録をつくったというのである。そればかりでなく、この時生物を入れておいて、この異常條件における生存状態も研究したと附け加えている。
これはまことに驚くべき發表であって、もし本當だとしたら、人工衞星がそう遠くない將來に實現しそうである。もっともアメリカの記録は、この十年近くあまり發表されていないようで、一九四六年時代からどれだけ進歩しているか分からない。
原子爆彈はドイツとアメリカとのせり合いで、科學者の豫想を遙かに上回る速度で完成された。人工衞星も、米ソの競爭が本格化したら、案外早く出來上るかもしれない。
人工衞星が出來、その中に人間が住めるようになれば、地球の表面を始終監視していることが出來る。それで戰爭阻止には、一番具體的な道である、と米ソともいっている。しかしこの問題は、科學的にはもっと重大で、もし成功したら、科學は新しい飛躍をするであろう。
底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年10月1日作成
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