人真似鳥

室生犀星




 懸巣は猛鳥で肉食鳥であるが、時々、爪を剪ってやるために籠から掴み出さなければならぬ。からだを掴まれることを厭がりあれ程れていても、嘴でしっかりと咬み付く、咬みつくとブルドッグのようにどうしても放さない、二年間金アミの中で金の柵ばかり啄ついている嘴の尖端さきは鋭く砥がれていて、先の方で鍵型にちょっと曲り、手の肉にくい入るのである。爪でしっかりと指にしがみ附かれると、肉にくい入る。私は手袋をはめて掴むのであるが、手袋でないと傷がつくからである。
 生きている虫なら何でもくう。砂糖もなめるし林檎、みかん、柿、梨、何でも手当り次第にやるとくう。砂糖が何ともいえぬ程うまいらしい、うまい物は栗鼠りすのように咽喉の前の袋になっているところに入れて置いて、あとでゆっくり喰べるらしい。
 梅もどきや青木の実は口から出したり入れたり餌の壺の中に匿したり籠の隅の方に匿したりする。物をかくす習癖があるらしいのである。胡桃くるみをすり込んだ日はよけいに食う。餌食の荒さはその性質の猛々しさを証拠立てている。
 鳥は鋭い眼をしている奴ほど眼が利くらしい。鷲などはその一例である。ことに懸巣の眼は円くて睨み続けているように美しい、何時か眉の毛を一本籠の中に入れたら、すぐ下りて来てくわえた程眼が利くのである。機嫌のよしあしは籠のそばに寄って行くと、籠のはりがねをついたり咥えたりして騒ぐ、そんな時は甘いようなくすぐったいような顔附をしている。鳥でもこれほどに狎れるものかと思う。指を出してやると咥えてじっとしている。けれども身体に触ることを厭がり無理にさわると啄つく。
 鳥の表情にはいろいろあるが、音楽などを聞かせると、必ず首をまげて考え込むようなふうをする。これは人間でもそうであるが凡ゆる動物はみんなうらしい、鳥の眼瞬まばたきほど美しいものはないが、懸巣の眼瞬きは迅くてぴりぴりした神経的なものであって、何とも言えぬ美しさを持っている。欠伸あくびをする時はぽかんと嘴を無感覚的に開け、伸びをする時は翼をひろげてするのである。悲しい時はどういう顔をするか私には分らないが、遠くから虫をつかまえて見せてやると、籠の中で羽ばたいて喜び勇んで見せる。
 水をつかわせているうち前後四度放れたが、庭の中を去らぬので捕まえることが出来た。こういう珍しい懸巣は再び手にはいるまいと思い、きき羽根を三四本剪って置いた。はじめは小鳥を手に握ることが出来なかった私も、この頃では辷らぬように旨くつかむことが出来るようになった。何だか神聖なものをけがすような気がしてならぬ。触ってならぬものに触る不思議な遠慮を感じるのである。鵯などは手にそっと握って庭の中を持って歩いて、蜘蛛くも梅擬うめもどきの実などを喰べさせているが、放したら狎れていても子飼いでないから逃げるであろう、懸巣は赤裸の時分からそだてたので外部の生活を知らないから、放れても餌につくけれど、子飼いでない鳥はそう行かないらしい。頬白など五年も飼っているがどうにも狎れない、気性が荒いのも、野にいたのをそだてたからであろう。どうも頬白という鳥は憎たらしくてならぬ。餌を代えてやってもチチチと啼いて反抗的に嘴をあけて挑むようなふうをするのである。





底本:「日本の名随筆2 鳥」作品社
   1983(昭和58)年4月25日第1刷発行
   1995(平成7)年10月30日第18刷発行
底本の親本:「室生犀星全集 第七巻」新潮社
   1964(昭和39)年9月
入力:門田裕志
校正:川山隆
2012年12月7日作成
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