一九三二・二・二六

―白テロに斃た××聯隊の革命的兵士に―

槇村浩




営舎えいしゃ高窓たかまどががた/\とれる
ばったのやうにへいしたにくつゝいてゐるおれ達の上を
かぜよこなぐりに
芝草しばくさほゝを、背筋せすじを、はりのやうに

兵営へいえいまどするくろかげ
ときどき営庭えいてい反射はんしゃする銃剣じうけん見詰みつめながら
おれはおもふ、たふされたふたりの同志どうし

同志どうし
おれは君を知らない
きみ経歴けいれきも、兵営へいえいへもぐり込んできみなにをしたかも
兵営へいえい高塀たかべい歩哨ほせう銃剣じゅうけんとはおたがひ連絡れんらくってしまった
おれはきみたちが
おれがきみたちをさがしたやうに、あせりあせり熱心ねっしん俺達おれたちしたのをってゐる
おれときみとはへいへだてゝめくらさがしにおたがひをもと
おれのきみ
すれ/\になったまゝへいあいだちがったのだ

おれは想像さうぞうする
やぶれたストーヴについて、不自由ふじいう外出がいしゅつについて、ふうられた手紙てがみについて、不親切ふしんせつ軍医ぐんいについて、よこつら竹刀しないばす班長はんちょうについて、夜中よなかにみんなたたおこ警報けいほうについて、
無意味むいみ教練きょうれんのやりなほしについて
きみらがいかに行動かうどうもっおな兵卒へいそつをアジったかを
そして
だれ戦争せんそうまうけ、だれなんうらみもない俺達おれたちころひをさせるか、だれして俺達おれたちのためにたたかひ、なに俺達おれたち解放かいほうするかを
くたくたにつかれた演習えんしふかへりに
半煮はんにえのめしをかきこむ食事しょくじ
みなが不平ふへいをぶちまけ寝台しんだいうえ
いかにきみらが全兵卒ぜんへいそつむねおくみ込ませたかを

その
 (わすれるな、二ぐわつ二十六にち!)
きみたちはじゅん々にされ
うしろからだまちに×(2)たおされた
きみたちのはべっとりと廊下ろうか
きみたちのくちびる最後さいごまで反戦はんせんさけつゞけた

よし
たけりって兵士へいしらをなだめかねてやつらのひとりが自殺じさつせうと、よし
どろのやうにぱらはせた兵士へいしらを御用船ごようせんみ込んでおくさうと
廊下ろうかみ込んだきみたちの
それでぬぐはれたか
あふどろとともくちいてほとばしったきみたちのさけびは
それでされたか

おゝ今
消燈喇叭せうとうらっぱ夜風よかぜいてひびわた
まどはひとつひとつやみけて
おれはあが
かじかんだげて仲間なかま合図あいずをする
そして
俺達おれたち立上たちあが[#ルビの「たちあが」は底本では「たちあ」]りマントを
すばやくへいえて突進とっしんする

俺達おれたちにはビラがあり
俺達おれたちのポケットにはドスがある
ビラはねむった営舎えいしゃまし
ドスはたふされた同志どうしあらふだらう
かぜ
兵営へいえい隅々すみずみまでこのビラをらせ!
へい
「兵士委員会を作れ!」
さけびを営庭えいてい一ぱいにかえせ!

―一九三二・四―
「大衆の友」四月号

(1)四四 (2)斬





底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
初出:「大衆の友」
   1932(昭和7)年4月号
※副題は底本では、「―白テロに斃た××(1)聯隊の革命的兵士に―」となっています。
※「銃剣」に対するルビの「じうけん」と「じゅうけん」の混在は、底本通りです。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお拗音、促音の小書きは、底本通りです。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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