同志古味峯次郎

――現在高知牢獄紙折工なる同氏に――

槇村浩




誰がこの困難無比の時代に
労働者の利益のために最も正しい道を選んだか
―――壁に頭を打ちあてるようなこの時代に
その一つの例をおれは示そう―――確かに正しく!
古味峯次郎君
彼は鋼の中から打ち出され、飢餓の闘いが彼をボルセヴィキにまで鍛え上げた

(1)

彼は越知の狭い町はづれの
小作兼自作農の家に生れた
そしてこんな南国の山麓の息子たちがそうであるように
十八の彼は
嶺を越え
花崗岩のはすに削られた
灰青色の岬の燈台を
ぐっと
海のはてに斜めに回転させ
そして
戸畑の炭坑にスコップをとった

彼は間もなくたくましい労働組合の一員だった
彼の上にはすぐれた同僚今村恒夫氏がいた
彼等の突撃隊は
耳朶の後にピストルを聞きながら
断崖のきりぎしを駆け下り
坑道に集会を組織した
こんな時彼はいつも面と向って誰ひとりに顔をそむけなかった

運動は苦しく
ブルジョアジー三井は、彼の健康と職業を奪い
先輩今村を頼って、彼は上京した
古い同僚は真赤な顔をしてどなりつけた
―――地方の部署を知れ!
彼ははっきりその一語を耳にしめた
そして
彼はその夜東海道を西え帰ってきた
高知、小工業の多い変りばえのせぬ故郷
彼は紙のような白けた病体を抱えながら
この部署にぴったりくっつこうと決意した

(2)

一九三二年
二十の彼は××(1)青年同盟員だった
天×(2)は特製の高知紙をそなえつけた彼の寝室へ、有名な少年××を徴発し
政府は満州え高知の労働者農民を徴発した
―――日本交通運輸労働組合高知支部。青年同盟、×(3)フラク
彼はこの中で
地味な地鼠のように
すばらしい
活動をした
動員令下の地下作業がどんなに困難なかは
×(4)フラクと軍隊細胞のみが知っている!
逮捕と
脱走―――
彼は上海の塹濠で
カーキ色の軍服を着、日本製の軍帽の下で黙々と仕事をした
×(5)動と飢えた不満のニュースは全線からとび/\に彼等の耳に入ってきた
彼のグループの射撃した機関銃は
前哨線から向うでは
決して×(6)え×(7)ばなかった!

一九三三年
かつてこんな苦難な、だが健全さがあくまでも強いられねばならぬ時代があったろうか
鎮圧された×(8)動の軍隊と
根こそぎ吹きさらそうとした嵐の部署の間に
彼はふしぎなほどすばやいイニシャチーブをもち
若い、ほんとに元気な同僚たちと共に
粗雑な地床の下で、根こそぎ活動をつゞけた
嵐と嵐が、育ちはじめた「工場」を頭から叩きのめそうとする時
×(9)
工場細胞のたゞ中から
はじめて高知地方の大衆の面前に姿を現わし
巧みな技巧をもって
組織の糸を各産業に伸ばした

決死の誓約が
彼等の間に交わされていた
苦難期の×10員は死をもって組織の秘密の前に絶対緘黙を守らねばならぬ!
ありとあらゆる拷問が、あらゆる野蛮な形式で行われた
死の拷問場と呼ばれた高知と高岡署の階上で
官憲は
数人にほとんど致命傷を負わせ
二人の有能な労働者を奪い去った
彼等は斃れた――同志古味はそれをまのあたり見た
仮死と、熱病のような衰弱が彼を牢獄え運び去った
それは奇蹟だった
死の誓約の中で、彼は耐え
守り、そして生きていた
彼は麻縄の食いこみ、みゝずばれのした腕をさすりながら
暗い密房に寝転び
新しい任務と、切り離された組織とについて考えた

それは困難無比な職務だった
腐敗した指導者の裏切りは、暴風のように戦線を揺り動かしていた
彼と彼の同僚のなしたような
死と、誓約の遵守が、たゞこれのみが、あの渦巻く大衆の不信任をとりかえしたのではないか
だが
こゝには何とゆう残された重任があることだろう
ちらばった部署、おの/\の工場の底にくすぶりこもうとする戦いの火
そして絶ち切られた獄中で
敢死の決意と、誘惑えの没落とが
こんなにも奇妙に交叉し
あんなにも火花をちらした、剛くなな弾圧に対する戦術の柔軟性が
こんなにも問題になっていた時期があったろうか
死んだ同志に対して、彼は生きている!
同志古味はそれを決定せねばならなかった
彼の若々しい眉には、その後長く消えぬ苦心の皺が深く、深く刻まれていた
彼は×11支部のキャップだった!
拷問と監禁の鉄鎖の中で
獄中の通信は実に苦難だった
狭い窓を見た
秋晴れの空はこんなにも青い
だが鉄柵と、きびしい警備の隊列とは
連絡された自由と青春とを
こんなにも奪っているではないか
しかしそれはあくまでもなされねばならぬ
彼は蒼ざめた衰弱が
紙よりも白くなるまで苦慮し
そしてそれをなしとげた!

それはたゞ死と革命が最後の断案を下しうる協定だった
牢獄細胞はそれを決定した
柔軟な非妥協が、公判廷でとらるべきだった
一切の責任は在獄の古い同志たちが負うであろう
狭い、そして若々しい芽のつみとられがちな地方で、どれだけの譲歩がなされねばならなかったかは
細胞のみ
スパイと物好きを交えぬ、真の組織内のものゝみが
正に知るであろう―――それは大都市でない!
苦肉の戦術は、たゞ踐んだものゝみが知るであろう

彼は金の貴重さをよく知っていた
あの多忙な地下の部署で
飢えた
獣のように
かっさらわれた一匹の瘠せた猫が
彼等の食膳のすべてであった時
組織は彼に休暇を与えた
そんなにも彼は
疲れ、鉱山病と栄養不良のため衰えていた
彼は
黙って、見知らぬ農村にもぐった
彼は彼の全休暇を農業労働にさゝげた
その賃銀は
上部組織と彼の同僚の飢えに、なけなしを支払った
不屈な、生き残った同僚が
拷問部屋からまっすぐに彼を訪れた時
そして公判について弁護士をつけるように彼をすゝめた時
彼はきっぱり言った
―――その金はどうか組織に使って下さい! 彼は唇を噛んだ
鋼鉄のような同志は眉を曇らせた
彼は金の貴重さを知りすぎるほどよく知っていた!

絶対暗黒が天×12によって準備された
剣と拳銃とに囲まれた彼とその同僚は
この密室で天×13とその資本とを裁いた
彼は辛うじて同僚を虎口から脱せしめ
彼自身に全責任を負って
下獄した
柔軟な非妥協の効用とその限界について
同志古味はどんなに苦心したことだろう

一九三四年
真冬の監房は氷のように寒かった
新来の同志古味を加えて
監房細胞は牢獄の地下に
しきつめられた氷床をたゝきわって、伸びて行った
転向と裏切りの苦難期を彼等は果敢な突撃隊を組織した
全×14牢獄闘争の細胞は、科学と人力の限りをつくして
果敢無比な×15獄闘争を敢行した
それはコンミュニズムの進軍だった
×16は聡明な頭脳を持っていた―――それは巧妙な機関と
天×17の工作局を×18の専門部に掠××19する才能を心得ていた
「労働者に告ぐる
険悪な反動と弾圧期における絶対非転向宣言」
牢獄細胞はそれを起草した
×20の信任の維持とフラクの拡張
天×21の監獄部屋の組織とアヂプロえ
そしてこの苦い、だが心から愉快な闘争の先頭に同志古味はあいかわらず立っていた
それは秋、革命十八周年記念日―――
ばら/\に砕けようとする嵐の平原に
ふぶきたつ南方の情熱をもって
おゝ「×××××22、×23獄闘争委員会高知班」が結成されたのは!

(3)

同志古味と同じ部×24に、私は数年間働いていた
沈潜した情熱と、しぶとい粘着さとを
彼は温和な容貌の下に秘めていた
彼は南方の代表的なボルセヴイキの一つの型だった
私は彼と同じ空色の軒の下に暮して
牢獄の窓から窓に、同志の挨拶を伝える燕の歌を聞いた
いま内と外に
私達は分れ
病床にこのペンを握りながら
昔の軒から帰って行くもっと南方の
もっと若々しい燕の歌に耳傾けようとする
そして思う、いくたびか頓挫した×25獄闘争を
内と外に
いまかたみに築き上げようとする私らを

誰がこの困難無比の時代に
労働者の利益のために最も正しい道を選んだか
―――壁に頭をうちあてるようなこの時代に
その一つの例を私は示した
同志古味峯次郎
南方のボルセヴイキ
無名の、だが非凡な彼の中に
われ/\は何とゆう労働者の
つきせぬ、暖い情熱を学ぶことだろう

―一九三五・九・二〇―

(1)共産 (2)皇 (3)党 (4)党 (5)暴 (6)敵 (7)飛 (8)暴 (9)党 (10)党
11)党 (12)皇 (13)皇 (14)党 (15)脱 (16)党 (17)皇 (18)党 (19)奪 (20)党
21)皇 (22)日本共産党 (23)脱 (24)署 (25)脱





底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
※「ボルセヴィキ」と「ボルセヴイキ」の混在は、底本通りです。
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード