おどり子の出世

槇村浩




 或所に一人のおどり子がありました。大へんおどる事が上手でした。或日お父さんに向って「お父さん、私はこれから月世界をまはって来たいと思ひます、どうかやって下さい」と云ひますとお父さんは「よし/\では行ってこい」といひます、おどり子は大さう喜んで「では行って参ります」と北をさして出かけました。だん/\行きますと、にぎやかな都へ来ました。田舎育ちのおどり子はこの有様に全くおどろいてしまひました。少し向ふへ行きますと王様のお城がありました。其の門の所に一つのはりふだが出て居ます、それには、かう云ふ事が書いてありました、「此の度西の国より来れる一人の勇士あり、此の者天下無双の者との名高し、如何なる人にても此の者とし合して勝ちし者には此の国の半分と姫をあたへ、王死せり後は王に即く事を得」おどり子は之を読んでしまってから其のそばの木の根に腰をかけ一人考へこんで居ました。やがて夜になりました。すると木の間をぬふて東の方へ烏が何十羽も飛で行きます。「ハテナ――おかしいぞ」おどり子はこう思ってコッソリ其のあとをつけて行きますと廣い/\[#「廣い/\」はママ]野原へ出ました。こゝまで来ると烏共は皆大きな声で「カア/\」と鳴きますと向ふの方で又大きな声で「コーン/\」と云ふ声がします、見る間にきつねは烏と近よりました、と、きつねの中で一番大きいのが高い声で「コーン/\」と鳴いたかと思ふと忽ち大きな/\一人の人に化けてしまひました。外のきつねや烏共は皆平伏しました。さうして「今日は如何でございましたか」といひます。「今日フン、ウワハハハもう後一日で姫をもらふ事になったんヂヤ、今日は大勝/\」「それはお目出たい事で」と云って元のきつねに成り南と北へ行ってしまひました。おどり子はうでを組んで考へました。「そうだ/\あの勇士の正体はきつねであったのか、よしそれなら一つ試合を申しこんで見よう」翌日夜が明けるとすぐにおどり子はお城へと急ぎました。門まで来ると門番が「コリヤ小僧何しに来るのヂヤ」おどり子は「勇士と試合を……」「何ウフフ聞いてあきれらアお前のやうな小僧ッ子があの勇士さまに叶ふって思ってるんか早く帰れ」しかしおどり子が聞かないので、とう/\王さまに取次ました。王はおどり子をよびますと、おどり子はそこへまいりました。やがて勇士はやってまいりました。おどり子は王に耳打して油あげを沢山買はせて勇士の後の方へつみました。おどり子は刀をもって進みました、皆はあの小僧の負るのは分り切って居ると云って笑って居ました。やがて試合は、はじまりましたが勇士はお姫さまをもらひたさにきつねが化けて居るんですから油あげの香をきくとたまりません。其の方にばかり気をとられて居る内に黄金の光が一せんひらめいたかと思ふと勇士の首は忽ち地に落ちましたと、首は元の通りに引っついてきつねの正体を現はし「コーン」と一声高くないて油あげをさらって山の方へにげて行きました。王は大そうおどり子のとんちをほめられた上、約束通り国の半分とお姫さまとをやり、やがて老王がなくなった後は王位を即ぎ国に居る父母をまねき末長く楽しく暮しました。
大正十一年九月四日綴





底本:「槇村浩全集」平凡堂書店
   1984(昭和59)年1月20日発行
※著者が、高知市立第六小学校三年生、四年生のときの作品。謄写版刷りの、同校文集「蕾」から、底本に採録された。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお促音の小書きは、底本通りです。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年8月8日作成
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