古井戸のある風景

金鍾漢




しだれ柳はおいぼれてゐて
井戸のそこには くつきりと
碧空のかけらが落ちてゐて うるふ四月

おねえさま
ことしも 郭公ポノキが鳴いてゐますね
つつましいあなたは 答へないで
夕顔パコチのやうにほほゑみながら
つるべをあふれる 碧空をくみあげる
つるべをあふれる 伝説をくみあげる

径は麦畑のなかを折れて 庭さきに
杏も咲いてゐる あれはぼくらの家
まどろみながら 牛が雲を反芻してゐる

ほら 水甕にも おねえさま
碧空があふれてゐる





底本:「〈外地〉の日本語文学選3 朝鮮」新宿書房
   1996(平成8)年3月31日第1刷発行
底本の親本:「たらちねのうた」人文社
   1943(昭和18)年7月
初出:「芸術科」
   1938(昭和13)年6月号
※本文末の編者による語注は省略しました。
入力:坂本真一
校正:hitsuji
2019年8月30日作成
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