哀音

末吉安持




――汽車の窓にて

夏の日のひるさがり、
汽車きしや物憂ものうげに
黒き煙を息吹いぶきつゝ、
炎天えんてん東海道とうかいどうを西へ馳す。
ゆゑ、はたわれからの
黒熱こくねつただれ、
灰汗あく[#「灰汗の」はママ]洪水でみず胸底むなぞこ
まつりちやううしなひし
病人やまうどなれば、天地あめつち
眺望ながめことごとはひみて、
あゝうたてしや、ひたぶるに、なみだぞ落つる。
乗合はせなせな
かた犇々ひし/\とすりあひぬ。
近江を過ぎて京ちかき
山科やましなや、たけ入日いりひに、
鬱憂うつゆうのこゝろはおもく、
じ疲れたる目はひと目
線路せんろすなに――あゝこの時、
胸はまたみてつぶれぬ。
よ、鉄道てつだう枕木まくらぎは、
ゆべからざる病人やまうど
素枯すがれはてたる肋骨あばらなり。
と見る、またが乗る汽車きしや
痩せてほそれる肋骨ろくこつ
どくあるきばみてゆく
黒蛇くろへびよ、あゝ使つかひ。――
『無明』の子なる病人やまうどは、
をさな心にいとせめて
垂乳根たらちねの膝まくら
しばし安睡やすいの夢見むと、
故郷ふるさと琉球りうきう
五百里さかる海の島、
われを載せたる黒蛇くろへび
いきほまうに、こは如何に、
その故郷ふるさと行過ゆきすぎつ、
右に横たふ山脈やまなみ
はや冥府よみくに、血に染めし
硫黄いわうの池も近づくよ、
あなゆるせやとうめき伏し、
やゝありてわれにかへれば、
きやう水無月みなづき祇園会ぎをんゑ
そらうつくしき星月夜ほしづきよ
我が汽車はしづしづと
涙さしぐむ哀音あいおん
汽笛して七条しちぜう出でぬ。





底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード