おもひで
末吉安持
父ぎみはしはぶき二つ、
母ぎみはそよ一雫、
瀬戸の海、東をさしし
三日まへに我を見ましぬ。
世馴れざる野がくれわらべ、
手文筥を封じもあへず、
ゐざり出て閾の端の
柱抱き面かくしぬ。
いとほしや小き学生
いくとせを東の京の
旅に寝ね旅にねざめて
文のわざいそしまむとや。
口軽く胸冷やけき
旅館女の待遇ぶりに、
慨きては、雨の夕の
欄に、おゝ、何のおもひで。
いとほし、と涙もろに、
叔母ぎみは守袋を
てづからにやさしうかけて、
わが背をそと撫でましぬ。
をりから車気近う、
婢女、荷をとゝのふれば、
父ぎみはいとおごそかに
健なれ、とそれよ一言。
母ぎみよ乳母よ叔母ぎみ、
朝露に五町濡れ来て
さらばよの御声ごえや、
やわらかにその尾をいきて
野の鶏の声も流れつ。
●表記について
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