今村恒夫




俺達の手を見てくれ給え
ごつごつで無細工で荒れてすたれて生活のように殺風景だが
矍鑠かくしゃくとした姿を見てくれ給え
頑健なシャベルだ
伝統と因習の殻を踏みくだ
時代の扉を打ち開く巨大な手だ
りゅうりゅうと筋骨はもくれ上り
俺達の如く底力を秘めている
どきっどきっ脈打つ血管には
火よりも赤い革命の血が流れ
すべっすべっ皮膚は砲身の如くかがやいている
ペシャンコにひしゃげた爪は兄弟達の顔面のように醜いが
頑固で硬質で
彼奴きゃつ等の弾圧位びんびん弾き返すのである
干からびた田圃のような掌の亀裂も少しの悲しい色もなく
其物そのものが光に包まれ
荒っぽい指紋が何と莞爾にこやかに明日を約束している事か
手は戦闘の意欲に燃え
胼胝たこは打ち固められた決心の固さ
目には見えないがあらゆる世界の同志の手と握り交され
広大な戦塵の列伍に
采配の下る日を待ち侘びているのである
ぎゅっぎゅっ鳴っている闘志を聞く事が出来るだろ
来るべき俺達の世紀を見る事も出来るだろ
生々しい闘争の跡は皺の間に刻まれ
ぎゅーっと握れば奴等へ投げつける手榴弾
開けば奴等の土台を覆す鋤犂じょれいともなる
十本の指がびんびん働く行動は
何時いつも組織と統制の上での飛躍
手の中には先祖代々の魂が住み
搾られて空しく死んだ祖先の反逆が爆発し
焔の如く燃しきっているのである
真黒い手
節くれ立った手
時代の尖端に飛躍する手
振り廻すとびゅっびゅっ風が唸り
剣をとって立ち上った勇姿が思われ
彼奴等の頭を打ち
彼奴等の城壁へ突喊とっかんする殺気がむらむら湧き立ち上がる
急がずかず
手はじっと息をひそめ
鋼鉄製の情熱を沈め
やがて来る幾百万の同志が双手を上げて振りかざす日のために
同志を集め
同志を教え
耐え 忍び 潜勢力を貯わうる革命の使徒である
(『文芸戦線』一九二九年八月号に今村桓夫名で発表『今野大力・今村恒夫詩集』改訂版を底本)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「今野大力・今村恒夫詩集」新日本出版社
   1985(昭和60)年4月改訂版
初出:「文芸戦線」
   1929(昭和4)年8月号
※初出時の署名は「今村桓夫」です。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年5月14日作成
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