この兄が怖いか
おぼつかなげな眼をおずおずさせて
母の胸にあとしざりする
久しぶりに会う兄は
柿いろの獄衣
その傍には
肉親の談話を書きとめている無表情の立会看守
世馴れた大人でさえ
おびえるこのコンクリトの塀のなかへ
よくやってきてくれた、妹よ
兄はそんなに痩せてはいないだろう
ここでは
鰯が食える
豚肉のカレー汁が啜れる
痩せているのはお前だ
このごろのごはんに眼立つのは黒い麦粒だけだろう
高い年貢は
幼いお前までを押しひしぐのか
怖がらずに眼をあけな
兄の全身を縛っている眼に見えぬ鎖が見えぬか
お前にはかならず見える
こんなに痩せたお前に見えない筈があるものか
いつまでもこうしていたいのに
看守の靴がいらだたしげに床をすりつける
さよなら
お辞儀しやがった
ほんとにいじらしいやつ
接見室から出てゆくその
はしかでもわずらったのか
暑さだから気をつけるんだよ
さよなら、さよなら、妹よ
おれは
焼けただれた煉瓦屋根の下へ帰ってゆく
さわやかな涼風に胸をふくらせて
――獄中詩篇のうち
(『詩精神』一九三四年九月号に発表 同年十月前奏社刊『一九三四年詩集』を底本)