大江鉄麿




白樺の梢に冬眠は
引き裂くような雪肌を蒙古おろしに冷めたくとぎすましている
どんよりな雪雲に包まれた部落
彼方へずうと永く続き切っている地面
房々と綿の実ったような雪ころ
蹴ちらされた足跡が
いとなけき者の
生活をしのぶ様に……

「おっ母よ」
寒さに冷えきった体に
飯の空っぽにすいた胃袋をたたきのめしながら
まるで木乃伊ミイラのように滑走った
おっ母の乳下へかけずりよった
つるし柿の様にしなびたおっ母の乳房から
唐芋汁のべったりついたような
乳汁がなめなめとたれこめてゆく……
飯の腹一杯喰らえない
おっ母の乳汁は
酢っぱっこく俺のシタにふれたぞ……
だがそれは俺に取ってどんなに美味うまかったか
汗っぽく酢っぽい乳汁を
すってる時
のど笛をギュギュ鳴らしながら
胃袋を波打たせ
百両腸ひゃくりょうわたをガタガタ振わしている
おっ母はかちばんだ菜っ葉刻のしじけこんだ両手で
薄っぺにひしげこんだ藁蒲団をかかえこんで
俺をだきしめて……
俺は甘える様におっ母の胸板に頭をこすりつける……
ドギドギと喰い入る様に心臓はむせび
腹はギュギュゴロゴロと喰いものを求めるように喚いている
血の気のない口唇より流れ落ちる唾液を
うまそうにおっ母はすうっとすってしまう
おっ母は年頃よりショボケ切ったひとみをじがつかせて
凍り切った掌を俺の頭にあてた
手のかすかなる温かみが
血脈にひれ伏すようににじんで来る……

剣銃でひきしめられた藁小屋よ
木枝の端くれで組み合されたもの
それはあまりにも惨めな国を持たぬ俺達の懐……
囲炉裏の火をカチカチ凍り切った空気を
狂気じみに突きのめし
たえず薪から薪へ燃え拡らんと
群り起っている……
白樺の梢の下に無数の飢えた
民族の姿がまざまざと映じられ
闘かいへかりたてるかの如く
夜鷹がギャギャと
雪白き夜の部落を襲って来る……
……この一篇を朝鮮民族の友に与う……
(一九三四年九月二十九日作 『詩精神』同年十一月号に発表)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「詩精神」
   1934(昭和9)年11月号
初出:「詩精神」
   1934(昭和9)年11月号
※表題は底本では、「ふところ」となっています。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年8月29日作成
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