五十の春に 2

中野鈴子




いまようやくここまで歩いてきたところだ
誰かが呼んだと思うときもあったが
それは空耳だった
振り返って返事をしているわたしに
呼び止めたと思った人は気のつかぬ如く
とっとっと先の方を歩いて行った
わたしは一人とぼとぼここまでたどりついた
花の咲く頃には却って身を細くして
自動車をよけるような恰好になったものだ
ようやくここまでたどりつき
山道にさしかかったところだ
この山道を入ってゆくと道が分からないようにもなったり
高い崖や 危うい海岸へ出るようなことがあるかも知れない

誰もわたしを呼び止めないように
もう返事をするひまもない





底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
   1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
   1964(昭和39)年7月10日発行
初出:「現代詩」
   1956(昭和31)年9月号
※表題の連番は、底本編集時に与えられたものです。
入力:津村田悟
校正:かな とよみ
2024年4月7日作成
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