突然に
中野鈴子
突然に
真夜中の一時五十五分に呼吸を断たれた
五十一年を生きた人
あなたは生まれた
比類ないものを持って
満ちあふれた輝き
あなたは出て立って行った
じゅうたんを蹴って
素足のまま
むき出した心臓を
荒風の中に
額を打つ嵐の中へ……
一すじに 一すじに
あなたの剣は
敵の胸板にキリキリと深く
あなたの火の言葉は
目つぶしの灰となって彼等の上に……
あなたの選ばれた言葉は
ひらめきのように
したたりのように
若いたましい
やわらかいたましい
傷ついたよごれたもの
年老いて衰えたもの
働く力を持っているもの
持っている力を奪われたもの
全人民の胸に泌みた
はげしく 鋭く
やさしく しずかに
極限の高さに身をもやした人
おお そして
もはや 今日の言葉を聞くことができない
再び あなたは書かない
あなたは再び書かない
明日につづく
この 虚偽 苦痛 はずかしめ
おお そして
あなたは再び書かない
底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
1964(昭和39)年7月10日発行
初出:「新日本文学 第四十六号」
1951(昭和26)年4月号
入力:津村田悟
校正:かな とよみ
2025年1月5日作成
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