拡大されゆく国道前線

広海大治




(1)


視野一面 連る山脈の彼方に
朝やけの赤い太陽――
ペダルを力一杯 地下足袋はだしたびで踏んづけて
工事場へ走る俺達

爽涼たる朝霧の中に
曲りくねった山峡の白い路
杉と雑木と 山の背の彼方に
見えては かくれ かくれては現われる相棒の姿
俺は呼びかける
――おうい待てよう
――ほーい
山萩の垂れ下った曲路の向う側に
あいつの自転車は消えて
ベルの音とこだまだけが深い谷間に残る
――早う来んと歩が切れるぞう

(2)


石工は玄翁げんのうを打振り
坑夫は断崖で たった一本のロップに身を任し 岩盤に千草を打込む
汗を流してコンクリートを切る奴
愚鈍なたくましい男等は栗石を運搬し
女達は鼻をふくらし頬を青白めて土をかく
朝から晩まで三六石かきの
俺の人夫賃は七十三銭
一時間六銭で買われ俺等
そっとシャツの破れで鼻をこすって
俺達の汗と膏を食って出来下った切取の山肌をにらみつける

(3)


ピカピカ光る大型のバッカード
砂塵を巻いて俺達の飯に馬糞をかぶせる
県庁と鉄道省の高官えらいての視察だ
昭和×年×月×日限り カッチリ××線国道拡張工事は完成しなければならぬ
たった半日も遅れることなく 鉄道省営バスは巨大な車体の運転を開始しなければならぬ
だから絶対に正確な工程を以って
いくつかの橋梁が架換せられ
数百ヶ所の曲線が是正される
凸出した山鼻を切り取り 凹曲した谷間を埋立する
十何メートルかの高い石垣は コンクリートをやたらに食い
終日 国道全線二十里に亘って
カーリットが岩盤を破砕する音響が
空気をふるわし続ける
鉄筋コンクリート橋梁の為に
セメントは容赦なく洗バラスを食い
間断なく俺たちにスコップを握らせ
買籠ばいりょうを担わせる
橋大工は真曲を振ってわめき セメント運搬トラックのクラクションが怒号し疾走する
追いたて まくしたて 焦る
何か不安な目に見えぬ 動揺は何だ
(『文学案内』一九三五年十一月号に広海太治名で発表 『土佐プロレタリア詩集』を底本)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「土佐プロレタリア詩集」槇村浩の会
   1979(昭和54)年2月
初出:「文学案内」
   1935(昭和10)年11月号
※初出時の署名は「広海太治」です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年11月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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