兄ちゃん

木村好子




吹きっさらしの田圃たんぼには
もう、村のたあれも出ていない
だのに、私の家では麦蒔きがすまない
取り入れ半ばに兄ちゃんが召集されて
あとに残った女手二つ
私とおっ母とであくせくと麦蒔き

毎日、朝早くから晩おそくまで
かたい刈株をうちかえし、うねをつくり
せっせと蒔きつけを急ぐ私達――
かよわい女手で、夕方、ぐったり疲れて家に帰れば
地主の奴が、がみがみ年貢を取りたてにやってくる

おお兄ちゃんが満ったてられて行ってから
急に、めっきりやつれたおっ母
老いさらぼけたそのやせ腕に
ふり上げる一鍬一鍬!
私の胸は戦争への憎しみを深める
勝っても、負けても、戦争が私達に楽な生活くらしをよこしはすまいに
働き盛りの貧農の息子をって
の為にとし合せるなんて………

あああの寒い満でたたかう兄ちゃん!
兄ちゃんの身は無事かしら
私はおっ母をいたわりはげまし
兄ちゃんのかわりにせっせと働くけれども――
戦争への憎悪で、全身はわななく。
(『プロレタリア詩』一九三一年十二月号に発表)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「プロレタリア詩」
   1931(昭和6)年12月号
初出:「プロレタリア詩」
   1931(昭和6)年12月号
※×印を付してある文字は、底本編集部による伏字の復元です。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年7月7日作成
2015年8月29日修正
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