廃園
森川義信
骨を折る音
その音のなかに
流れる水は乾き
菫色の空は落ちて
石に濡れた額は傾くままに眠つた
みえない推移の重さに
みえない推移の重さに
眼をとぢて凍える半身は
崩れるもの影とともに忘却をまつた
想ひ出せないのか
ゆくひとよ
かつては水の美しい
こりんとの町にゐたことを
いちどゆけばもはや帰れないことを
いつからおまへは覚えたのか
梢ちかく羽ばたく音はなく
背中につつかかる微風は更になく
花の根も枯れてしまつたか
まへにあつた園は荒れ果て
おまへが創つた黄昏のなかには
凭れかかる肩もなく
壊れてゐる家具さへない
そこここの傷痕からあふれる明りも
ただ暗い調和のうちに消えてゐるではないか
どうして倒れるやうに
生命の佗しい地方へかへつて来たのか
骨を折る音
その音とともに
風が立つ いちぢるしく
おまへのなかから風が立つ
その風は
しびれるやうにわたしを貫いて吹く
底本:「増補 森川義信詩集」国文社
1991(平成3)年1月10日初版発行
入力:坂本真一
校正:フクポー
2019年7月30日作成
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