廃園

※[#始め二重山括弧、1-1-52]断片※[#終わり二重山括弧、1-1-53]

森川義信




骨を折る音
その音のなかに
流れる水は乾き
鳶色の風は落ちて
石に濡れた額は傾くままに眠つた
みえない推移の重さに
骨を折る音
その音のなかに
佯りの
眼を閉ぢて
凍える半身は
倒れるもの影とともに
うつしく忘却をまつた

骨を折る音
その音のなかに
おまへを鞭うつものはすでにない
目かくしをする掌もなく
いのちににじむ明りもない
凭れかかる肩もなく
壊れてゐる家具さへない

梢をゆすぶる果実もなく
おまへの手はもう
その樹を撃たうともしない

骨を折る音
その音のなかに
ひとつ ひとつ
亡びていつたものは何であらう
ただ暗い調和のうちに
空しい願いや憧れは
どこへ歩いてゆくのか
もの哀しい植物たちのうごく
ひそかな気配がとほつていつた
それはすでに響きではなかつた
地をはなれてとほく消えてゐた
それはすでに明りではなかつた
意識の暗がりにあふれでる影像であつた
それはすでにひとつの意志ではなかつた
いひやうのない深い困憊に沈んでゐた





底本:「増補 森川義信詩集」国文社
   1991(平成3)年1月10日初版発行
入力:坂本真一
校正:フクポー
2019年8月1日作成
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