季節抄
〔梢が〕
森川義信

梢が
空にとどいてゐる
美しい樹々よ
花の咲かない…………
花はなくとも
ああ せめてものわが願い

樹々の編む
光りのハンモツクに
僕はつつましく腰をおろす
風が静かにひかるとき
ゆれないハンモツクで
僕はそつと時間をみ失ふ

小さな口をあけて
ぽくぽくと駆けてくる
波頭よ
さうして
何も彼も洗ふがいい…………
貝殻の中の小さな海にも
冷い空が
匂ふやうに光る

青い塔の半円形も消え
匂ひの向ふへ花がこぼれた
重たい風船のやうに暗い秋の陽が
落ちてしまつて…………
ひと掬ひの歌もない
海よ
貨物船よりもぢつとして
お前を視てゐる僕
(〈13年〉十一月讃岐にて)
底本:「増補 森川義信詩集」国文社
1991(平成3)年1月10日初版発行
初出:「裸群 4号」
1938(昭和13)年12月
※〔〕付きの副題は、作品の冒頭をとって、ファイル作成時に加えたものです。
入力:坂本真一
校正:フクポー
2019年8月30日作成
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