街のシルヱツト

山口芳光




――吾等の琉球人に贈る

遠い時と歴史が忘れて行つた一廓!
こゝは無人島か骸骨島ででもあるか
午顔の咲き乱れた白日と謂ふのに
古い石垣通りには蝙蝠の魂が飛び交ひ
奥入衡門おくいりやーじよーには不思議な青蚊帳が吊られて
昼の悪童の悲しき性交もあると謂ふ
印陀羅の幻図そつくりの
揺曳する妖しい影絵の国だ
ああ 何にかしら祈らねばゐられぬ福樹の
森厳な黙示図絵には
何んと謂ふ赤顔童子の祈雨いのちの火遊びが点じられてあるか
ほら 街衢の上の瞋火の干潟を
糸遊の様に痩せさらぼひて
魂ばかりのひよろ長い姿が
何にか喰ひたい願ひで
駝鳥の様に駈つてゐるではないか
それでも街は昔ながらの午睡の時刻なので
この圏環は今
微風と亡霊の遊歩場なのだ
古い世紀の母よ
古い世紀の父よ
そおして
古い世紀の王様よ
あなた達の偸安の※(「片+總のつくり」、第3水準1-87-68)マドを開け放つてはいけない
あなた達の創生期よりの夢に
こつそり忍び込み
あなた達を脅かす
宿命の赤顔童子は
ほんとうに饑じいんだ
この白日はほんとうに饑じいんだ
古い世紀の母よ
古い世紀の父よ
そおして
古い世紀の王様よ
遠い世界の七月のミンヌクーも
幻の五月の後世爬龍ぐそうはあーりー
青い酒火がチラ/\誘魂する彼岸うんちやび
ムショウガリした幻の童子コドモ
妖しい喰気には
あなた達の世紀の魔術も又獏が食ふ悪夢に過ぎないんだ
ああ 饑じい
古い街は饑じがつてゐる
白日は饑じがつてゐる





底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年2月25日作成
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