小曲二十篇

漢那浪笛




落葉のなげき


よする年波とゞめかねず、
われや落葉あわれ淋し。
名知れぬ浜に流れ漂ひ、
朽つるその日あやめわかぬ。

白く冷たき浪のたわれ、
目的めあて知らねば運命さだめのまゝに、
浮きつ沈みつ夜を日にかへし、
やすむ隙なき道のつかれ。

暗らき浮き世をたどる心、
なほもなごめる恋し草びら、
岸に匂へる色を見れば、
すてゝ立ち去る思ひたえじ。


物の哀れ


道をあゆむに痛みつかれ、
「命」淋しく胸に雫き、
想ひ静かに果てを観ず、
鳥の調べに眼うるみ、
花にそゝぎしもろき涙、
若かき岸辺をさかりゆきぬ。

物の哀れを悟る今宵、
窓にさしこむ星の光、
やせし憂ひの琴を渡る。


まぼろし


おぼろに映るものゝかげ、
うれしと見れば悲しげに、
只だかきくるゝ静心しづこころ

いたく乱るゝ黒髪に、
嘗てはかゝる夢なれど、
今はたいかに――えさりぬ。

あゝカナ/\や鳴く虫に、
静か心もあたふたと、
綾目うすれて西さがる。



春は来にけり、きさらぎの、
風かぐはしく吹き過ぎて、
春の弾く音に、春の歌、
心くまなくうるほひぬ。

また喜びはにうつり、
愛なる土地つちのうらやすに、
うつら/\の夢枕、
かつぐ貌の花衣。

昼は静けきまどのうち、
心のいとにたちかへり、
夜はよもすがら胸のうへ、
あえかの夢を吹きおくる。



朝なり、やがて君と吾れ、
二つにさかる悲しさよ。
冷たき鐘のゆさぶりに、
心の淵のからさわぎ。

人のこの世にめでたきは、
只だ夫れ春よ、愛なれど。

涙ににじむ心中の、
辛らきなごりにかへがたし。


望郷


落日々々…………、
独りたゝづむ名知れぬ浜辺、――
悲し海原生れの故郷。

翼なき身の只だ茫然と、
入日うすれて、悲哀のしらべ、
海のかなたへかすめて去りぬ。

かくて幾夜を故国の夢に、
こがる心は、そこゐも知れぬ、
暗路たどりて闇夜に沈む。


小曲


春の日の空はみどりに、
地は花に匂へる時を。

はうすき光にぬれて、
あたゝかき思ひすゞろぐ。

やはらかき耳かたむけば、
吾はきく、ああ吾が胸に、

なつかしき、悲しきふしの、
滴りを――かすけき声を。


海のさち


なだれの夕日をまともに浴びて、
椰子の棕梠の樹たわゝに実のる、
入江の汀にならべもたてし、
島人どもが一日の獲物。

深海ふかみの底より拾ひ得しは、
阿古屋、真珠の白金しろがね真玉、
はたまた珊瑚の宝をかさね、
海にも山にもとこめづらしき。

宝の分与わけまえ心にたれば、
やさしき妻子と手に手をとりて、
なつかし南の調べを唄ひ、
各々別れてよしみをまもる。


北半島


力なければ、埋もれて、朽ち果つべしと、
かねて知り、綾目あやめうするゝ北の国。

代々の血染ちそめのその歴史、あないたましき、
民族の、心にもるは闇の色。

生きんとすれば、物うげなきばさしむくる、
やからもの――忍辱にんにくるに道はなし。

愛のいとかけ弾きならす、心さへなき、
やからにぞ、祖先をほこる道ありや。

天は天とし輝きぬ、さは言へ人の、
地の上、何んとてしかくいたましきかな。

※(蛇の目、1-3-27)飄遊詩の一部



きばたゆむ山ふところに、
今日もまた吾れ暮れゆく。

夕まぐれ、空より落つる、
そのきわにひろごる木の葉。

冷やけき土地つちにひたりて、
しく/\と泣き入る憂ひ。

緑葉の真夏まなつのしらべ、
今こゝに歌ふ得べきや。
悄然しよんぼりと佇む木々は、
たゞ無言――風吹きすぐ。


口笛


物の哀れは五月雨さみだれ
いとしめやかな窓のうち、
光も暮れて朦朧と、
つれなき人のたゝずまひ。

無言の吾れと吾前を、
別れの手振りかすれては、
うつら/\の口笛に、
脈うつ胸のどんはたり

とん/\たらりその胸の
曇れる中を笛の譜を、
綾をみだしてゆほびかに、
流れてふしのきはみなし。

あゝ西さがる寂寞しやくまくに、
せめては君が笛の譜を、
うんずまで聞きたさに、
喉ふさぐ迄またこともなし。


片葉貝


吾がかなしみは灰色の、
貝にもりたるらき夢。

磯の潮にたゆたひて、
もいたましき傷のあと

真砂にくぼむあなうらの、
古きしるしにひたりては、

すべてを観ず哀愁の、
心も千々に味ひぬ。

もとよりさけし片葉貝、
はぐれて縁のうすければ、

砂にうもれて、うたかたの、
世をこそ遂のさだめなり。


哀音
     ――故渡久地政佐君を悼みて


奥津城の闇をもりたる、
その底に君ねむる時、

あやなくも時雨しぐるゝまなこ、
悲哀かなしみはたえず雫きぬ、

年若かき愁ひをおびし、
臨終のほそき泣き声――

身動みじろぎも得ならぬ思ひ、
君ならで誰か知るべき。

のこりたる吾等友がら、
明闇のきはみにたちて、

なつかしき君が声する、
その方へあこがれわたる。



うんず、夜の十二時、
死に似たる周囲あたりに、泣くは、
たゆみなき時計の刻み、
あわれ、その闇の滴り。
かくて世も過ぎゆくものか、――
胸のぬち心の海は、
いたましき綾をしるして、
日輪のかゞなふ気色けはひ
薄命の青きの華、
かすれゆく光を見れば、
寂滅や今か――吾が身も、
うつぶせぬ、冷たきねやに。



阿古屋の玉をとき流し、
輝きわたる心には、
色さま/″\の夢の華。
うつして咲きぬ、艶たちぬ。
さはさりながら吾が秋の、
坂のぼりゆく寂寞じやくまくに、
影うすれゆき、色あおみ、
玉の光も鈍褪どんざめぬ。


白明


罪も汚れも一さいに、
花みだれ咲く森の奥、
只だ吹上の水のもと
ひたりて更にときながせ。
悲哀のきんに指ふせて、
物の哀れを泣くなくは
あだしこの世のあわごころ、
すべてを捨つによしはなし。
枕重ねてよひ々に、
心こめたる涅※ニルバナ[#「さんずい+(臼/工)」、U+6E7C、34-下-1]も、
碧空あをぞらひくき垂れさがる
恋しき森の末なれば。


漁夫


夕日さすとほの海原、
追風に浪にゆさぶり、

阿旦葉あだんはの葉づれにまじり、
南国の浜の静けさ。

白き帆のたわむ刳舟くりぶね
いりうみに絶えず入りこみ、

もりかづぐ南蛮人は、
あかがねのひたひ日にゆれ、

投げかわす魚族のあまた――
白銀しろがねの鱗ひるがへ、

或はまた胸肉むなじしはりて、
大鮫おおざめを引きずる景色――

熱帯の華奢くわしやのきはみを、
つくしたる絵巻の模様。

日も暮れて江の底にごり、
物のかげ朧ろにさすや、

椰子茂げる漁村のかひま、
あか々とともしいざよふ。


人ふたり


空さむき冬の窓ごし、
は消えて町のくらがり、
ものゝ音も絶えて久々。

その中を若かき愁ひの
人ふたり添ひつ別れつ――
疲れ倦み眩暈くるめくけわひ。

吾れは今、うするる影に、
物事ものごとの終り味ひ、
戸をしめて胸をいだきぬ。



夕暮れを森をいそぎぬ、
吾れ独り、あゝ吾れひとり、
物も得云はぬ唇に、
色おのづから憂愁の
無言の吾れを語るなり。

実に若かき身は熱帯の
花の姿か、色に出て、
色に現はれ、繊弱しなやか
からみてよるゝ「運命」の
それにも似たり、哀れ淋しく。

踏み分け入りし森の奥、
筋目もわかぬ木下路こしたじや、
足の労れのいやますに、
住みゆき場所ところ何方ぞ、
尚ほも見えねど、吾は進ぬ。



海のかなたへ、たへ/″\に、
ひろがりわたる浪の調べ、

ふしやさしく、白銀しろがね
いとをたはしる阿古屋玉。

人間道のなりわひを、
あざけり笑ふ浪の調べ。



椰子の葉末に燃えあがり、
あまさかりゆく黄金の
星のこと君知るや、
知らずば吾れとともにゆき、
傾ぶく迄もきくが嬉しき。





底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
初出:落葉のなげき「琉球新報」
   1909(明治42)年3月4日
   物の哀れ「琉球新報」
   1909(明治42)年3月4日
   まぼろし「琉球新報」
   1909(明治42)年3月4日
   春「琉球新報」
   1909(明治42)年3月6日
   朝「琉球新報」
   1909(明治42)年3月6日
   望郷「琉球新報」
   1909(明治42)年3月6日
   小曲「琉球新報」
   1909(明治42)年3月8日
   海のさち「琉球新報」
   1909(明治42)年3月8日
   北半島「琉球新報」
   1909(明治42)年3月8日
   秋「琉球新報」
   1909(明治42)年3月10日
   口笛「琉球新報」
   1909(明治42)年3月10日
   片葉貝「琉球新報」
   1909(明治42)年3月12日
   哀音「琉球新報」
   1909(明治42)年3月12日
   夜「琉球新報」
   1909(明治42)年3月15日
   影「琉球新報」
   1909(明治42)年3月15日
   白明「琉球新報」
   1909(明治42)年3月15日
   漁夫「琉球新報」
   1909(明治42)年3月19日
   人ふたり「琉球新報」
   1909(明治42)年3月19日
   森「琉球新報」
   1909(明治42)年3月28日
   海「琉球新報」
   1909(明治42)年3月28日
   星「琉球新報」
   1909(明治42)年3月28日
※表題は底本では、「小曲二十(ママ)篇」となっています。
入力:坂本真一
校正:良本典代
2017年8月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「さんずい+(臼/工)」、U+6E7C    34-下-1


●図書カード