恋しき最後の丘

漢那浪笛




その一


うらかき頃の、悲しきあこがれ………
草葉の息ふきかへす甘き香り、
うるはしき花の笑ひもながめて過ぎぬ、
木の間にさへずる、鳥の歌をきゝ、
悲しみはを閉ぢて、暫時しばしやすらひもせし、
されど、とく新らしき悲しみに転りぬ、
何をもて、この闇を照さむ、
空を仰げばおそろし………
いざさらば、独り琉球節の一曲ひとぶしを、
口笛にふるわせ、
うらやすき墓場のほとりにさ迷はむ、
そは音なき響きを(聞)かんとや………

その二


わが思ふひとのありやなしや、
まよはしきかな、
夕暮の窓にもたれて、蒼白き息ふくわれも、
またありやなしや、
あなうたがはし、
蚊のなく声を、君が悲しき唄とやきかむ、
かぜの木の葉にすがる、たはふれを、
君が、びんのほつれもやきかむ、
淋しきゆうべの鏡もきこゆ、――
森の彼方かなた、君住む墓のほとりにやはあらむ、
今なり! われは独りさ迷ひゆかむ………
夕べの鐘をしたひて、
その音に耳を沈めて。

その三


なつかしい丘の上、
棕梠の若葉のそよぎ、小鳥の歌、
傾むきつくす夕陽ゆうひも、
見る/\最後の接吻きつすをのこして、

深い/\海の彼方へ去らうとする、
なつかしい丘の上に、Kの君を待つ心よ!
夢を語るやうな暮の風に顫へる、
葉づれの音に眼がくるへば、
西へ東に、足が動きだす………
夫れと思ふ俤が、更に眼にとまらぬ、
胸を抱いて、深い悲しみに沈む、
林の間に、夜の色が浮び出した………
黒ろい恐ろしい影は、
私のたましいを圧しはじめる、
もう是れが私の、Kの君に対する最後だ!





底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
初出:「琉球新報」
   1911(明治44)年11月12日
※底本では、見出しの上に二行どりの横罫が置かれています。
入力:坂本真一
校正:良本典代
2017年6月25日作成
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