なぜあんなに明るい顔をしてるんだらう。街角にあいた活動写真館の馬蹄

快活な顔はぼくをぼんやりさせて快活な横顔はかうもぼくを悲しませるものなのであらうか。立並んだ街燈がへんにはつきり灯つて、ぼんぼりのやうに浮いてきて、浮いてきてひもじい僕のからだを両側から迎へてくれる。
ねえ君、明るい顔はなぜかう僕を悲しませるだらう 流れてくる青年たちに、僕はいちいち聞いてみたいのだが、彼等はまたチヤップリンの笑顔を見せて、キートンの横顔を見せて、ぼんやりとそつぽを向いて、めいめいに明るい顔を抱いて、たとへば恋人の顔を持つて行くんだらう。
そして僕のからだのなかではすつかり、心臓だの肺臓だの肝臓だの、そんな様な色々めんどうなカラクリはみんな、消えてしまつて、残つたのはたつたひとつ、何もはひつてない胃袋がちようど、霧のなかからひとつひとつ出てくる街燈のやうに僕のからだのなかに灯つて、それはコーリン・ムーアの明るい顔とそつくりの形だらう?額にはおかつぱの髪を垂れて例の眼玉をくりるくりる、かと思ふとくるッくるッ。
とうとう洋服屋の飾窓にきて、ぼくは硝子の中の人形にきくのである。
ねえ君、君もコーリン・ムーアの顔がすきだね。きつと、大好きだらう?
大好きですとも。コーリン・ムーアの顔は大好きですとも。それにしてもあなた、僕のきてゐるこの背広は如何です。ね、ひとつうちに注文して下さいよ。
ほう成程、君の背広はダブルでいゝね。純黒。………それにしても何故かう、頭がもやもやしてゐるのであらう。さうだ、あつい珈琲でものまう。肩で喫茶店のガラス扉をおして僕が半身を入れたとたん、まつたくお腹がどきッとしたが、なんでもなかつた。コーヒー出しの背後の大鏡にコーリン・ムーアが眼玉をむいて映つてゐるのにすぎぬのだ。僕は壁ぎはの、コーリン・ムーアの写真のしたに卓子をえらぶと、がつくりと腰をおろしてしまつた。
あのコーヒーだけで?
うん、それからコーリン・ムーアをひとつ。
?
コーリン・ムーアだよ。コーリン・ムーア。