錢形平次捕物控

釣針の鯉

野村胡堂





「お早やうございます」
 花は散つたが、まだ申分なく春らしい薄靄うすもやのかゝつた或朝、ガラツ八の八五郎は、これも存分に機嫌の良い顏を、明神下の平次の家へ持込んで來ました。
「大層寢起きが良いな、八。挨拶だつて尋常だし、月代さかやきだつて、當つたばかりぢやないか、つかに結構な婿の口でもあつたのかえ」
 平次は煎餅せんべいになつた座布團を滑らしてやつて、ぬるい茶を注いでやつたりするのです。
「婿の口はありませんが、岡惚れの口がありますよ。新色と申し上げてえが、まだ當つて見たわけぢや無いから」
「ヌケヌケした野郎だ」
「これから脈を引いて見るんだから、挨拶だつてぞんざいぢや惡いし、月代位は當つて置かなきア――」
元金もとが掛らねえことばかり考へてやがる、――ところで、その新惚れてえのは何處のお乳母うばさんだえ」
「へツ、イキの良い人間の新造ですよ、親分」
「當り前だ、おコンコンの化けた新造だつた日にや、第一俺が不承知だ」
「ま、はぐらかさないで、聽いて下さいよ、斯ういふわけで」
「大層改まつたね」
 でも、平次は神妙に、八五郎の話を聽く氣になりました。何んか深いわけがありさうな氣がしたのです。
「昨日向島で散々毛虫を眺めて」
「そんなものをわざ/\眺めに行つたのか」
「葉櫻見物ですよ、――櫻の葉つぱなんか見たつて面白かありませんが、歸りに一杯飮ませるからと、原庭の仙吉の野郎が言ふから、橋場の渡しを越えて向島を眞つ直ぐに、枕橋まくらばしを渡ると、いきなりつれ込んだのは、中の郷の茶店ぢやありませんか。澁茶に團子ぢや少し話が違ふと思つたら、あつしを待つて居てくれたのが、その可愛らしくて利口さうでおひんの良い、出來たての新造とわかつて、酒やさかななんかは、どうでもよくなりましたよ」
「出來たての新造つて奴があるかえ」
「あんなのは、本當にさなぎから出たばかりの蝶々のやうなもので、人間附き合ひをさせて置くのは勿體ない位」
「それがどうした」
「驚きましたよ、その娘といふのは、本所八軒町で名題の大分限ぶげん、石川屋權右衞門の一人娘お梅さんといふんだ相で」
「石川屋の一人娘ぢや、吊鐘つりがねがでつか過ぎて、お前は鼻から出た提灯位にしか見えないよ。惡いことを言はないから、はなつから諦らめてた方が宜いぜ」
あつしが鼻提灯に見えますかね、驚いたね、どうも」
「ところで、お前に用事といふのは何んだえ?」
「口惜しいが、その目的もあつしぢや無いんで、錢形親分さんに逢はせてくれと、手を合せての頼みだから、いやになるでせう」
「いやになる事は無いよ」
「訊くと、十日前に、父親の石川屋權右衞門は死んだんだ相で、とむらひも濟んでしまつたし、何んにも言ふことは無いわけだが、その死にやうが、どうも腑に落ちないと――斯う言ふぢやありませんか」
「フーム、何が氣に入らないんだ」
「十八の娘の智惠ぢやありませんね、あれは。――父親の權右衞門がつりに行くと言つて出かけたのは、十日前の四月一日の晝過ぎ、業平橋の下から、横川筋へかけて、時々青鱚あをぎす沙魚はぜを釣りに行くのが樂しみなんだ相で、その日も暮れるまでには歸つて來ることゝ思つて居ると、日が暮れても、夜が更けても、翌る朝になつても歸らず、それから大騷動になつて搜しに出かけると、間もなく、業平橋の下で、死んでゐるのが見つかつたといふのです」
「フーム」
「八軒町の店から近いので、身體の弱い内儀だけを殘して家中の者が皆んな飛出して行つた相です。すると、主人の權右衞門は、橋の下につないであつた小船の中で、仰向けになつて死んで居たと言ひます」
「仰向けに?」
「見ると、ひどく苦しんだ樣子で、二た眼と見られない凄い顏付をして居たが、身體には傷も何んにも無い。が、死んで冷たくなつてゐたことは本當で、水も呑まず、絞め殺された跡もなく、誰が見てもこれは頓死とんしです」
 卒中か、心臟痲痺まひか、兎も角そんなのを昔の人は頓死といふ言葉で片付けてしまひました。
「それから?」
「ザツト藪醫者に診せて、お寺が引受けて、何も彼も濟んでしまつたが、納まらないのは、お孃さんのお梅さんの胸のうちだ。死骸に傷が無いから頓死にして了ふのは、いかにも無造作で諦め切れない、それに――お梅さんは言ふんですよ。父親の死骸の側には釣道具は皆んな揃つて居たが、少し揃ひ過ぎたことがあつた」
「揃ひ過ぎた? 變な言ひ草ぢやないか」
「船の中に抛り出してあつた釣竿つりざをには、かなり大きな鯉が付いて居たんだ相で」
「鯉?」
「親分も變に思ふでせう。タナゴ竿のやうなヒヨロヒヨロの竿で、潮の入る横川筋ででつかい鯉が釣り上げられるわけは無いが、兎も角それはそれとして、何處かの釣堀からでも逃げて來て、權右衞門の竿に引つ掛つたのを、權右衞門、驚いて上げる拍子に、あんまり喜んで頓死した――といふことで、お葬ひも濟ませたが」
「まだ變なことがあつたのか」
「お梅さんが言ふんですよ。釣針に鯉が引つかゝつて居たが、もう鯉も死んでゐるのに、針は鯉が呑んだのでは無くて、外からえらに引つ掛けてあつた――と斯う言ふんです」
「フム?」
「騷ぎとなげきの中で、その時は紛れてしまつたが、後で考へると、どうも釣竿の鯉のことが氣になつてならない、そつと母親のお時さんにも話して見たが、年寄はそんな話を相手にしてくれないから、一度錢形の親分の耳に入れ度いと、原庭の仙吉に頼んで、あつしを呼出したといふわけですよ」
 八五郎の話は、これで大方終つたやうですが、平次は默り込んでしまつて、何んの意見も言つてくれません。
「石川屋の後は誰が立てるんだ」
「いづれ一人娘のお梅さんに、婿を取ることになるでせうね。今は主人の義理の弟の新之助といふのと、番頭の徳松と、後家のお時とが、兎も角もやつては居るやうです。別に商賣はして居ないが、中の郷一番の金持で、大した身上しんしやうだといふことですが」
「娘の婿はきまつて居ないのか」
「番頭の徳松の伜の徳三郎といふのが、婿になり度い樣子だ――と仙吉は言つてはゐましたが、これはお梅さんが承知しさうもありません」
「他には?」
「石川屋には金があつて、娘が滅法綺麗だから、本所中の男の切れつ端は、皆んな夢中ですよ。その中でも業平橋なりひらばしの房吉といふのが、昔の良い男の業平にあやかり度いやうな顏をして居ますが、小博奕ばくちが好きで身が持てないから、死んだ先代の權右衞門は、寄せつけないやうにして居た相で」
「他に氣のついたことはないのか」
「内儀のお時さんは病身で、主人の權右衞門は町内の師匠のお朝といふ良い年増の世話をして居た相で、その筋からも、人の怨を買つて居たかも知れません」
「いろ/\厄介なことがあるらしいな。首を突つ込んで調べたら、釣竿の鯉の謎も解けない事はあるまいが、俺は暫らく手を放せねえことがある。お前が行つて、精一杯かきまはしてくれないか」
「掻き廻すんで?」
「不足らしい顏をするな。どうせ掻き廻すだけの事だらうが、岡つ引がウロウロして見せると、身に覺えのある奴は、何んか細工をして見たくなるものだ」
「へエ、よくわかりました。精一杯掻き廻して見ませう。泥鱒どぜう位は飛出してくれるかも知れません」
 八五郎は大して嫌な顏もせずに、暫くは中の郷八軒町を見張ることになりました。


 原庭の仙吉といふのは、まだ若い下つ引で、八五郎とはよく馬が合ひ、申分の無い足場でした。此處から八方に足を伸して、三日もほつゝき廻りましたが、大した發展も無かつたので、四日目には、明神下に戻つて來ました。
「八、大層ぼんやりして居るぢやないか。岡惚れを口説きそこねたのか」
 平次は心待ちに、八五郎の來るのを待つて居た樣子です。
「あのは寄りつけませんよ。あつしが親分をつれて行かないので、怒つてゐるかも知れません」
「こいつは惡かつたな、もう御用の方も暇になつたから、二三日のうちには、業平橋の下を覗きに行くよ。ところで、變つたことは無いのか」
「生憎『大變』の方は不漁しけで」
「世間が無事でよからう。ところで、その無事な中にも、何んか話の種はあるだらう」
「話の種と言へば、矢張りあのですよ。見れば見るほど綺麗で」
「その話ぢやないよ。石川屋の家の者の動き、石川屋の主人に怨を持つものは無かつたか、主人が死んだ晩の、人の出入り――」
「それは一と通り調べましたがね、先づ第一番に、あの晩の人間の出入りですが、不思議なことに、内儀のお時さんと、娘のお梅さんの他は、晝から皆んな外に出て居ますよ」
「皆んなか」
「皆んな用事があつて出かけ、夜になつて歸つて居ます。弟の新之助は、五六軒の貸金の取立てで日本橋まで出かけ、番頭の徳松は主人の代理で下谷へ、その徳松の伜の徳三郎は親父に言ひつけられて、深川の知り合ひに行つて居ります」
「それを一々行先へ行つて時刻を訊いて見たのか」
「そこまでは手が屆きませんが」
「娘を追ひ廻して居るといふ、やくざ業平の房吉と、主人のめかけのお朝とかいふ女は?」
「そこまでは、ね、親分」
「それも手が屆かなかつたのか、お前の調べはまるで關取の背中だ」
「へエ?」
「手の屆かねえところばかりさ」
洒落しやれですかえ、それは」
「いよ/\以つて、お前といふ人間は長生をするよ、――それから他には」
「石川屋の主人を怨む者なんかありやしません。若しあつたとしたら、小名木をなぎ川のきす位のもので」
「何んだえ、それは」
番毎ばんごと仲間が釣られるから」
「下らない事を言やがる」
 二人は無駄の掛け合ひでした。事件はまたそれほど無事太平だつたのです。
「主人の權右衞門は評判の良い人でしたよ。親切で、鷹揚で、人の世話が好きで、――娘が綺麗で」
「それは餘計だ」
「内儀のお時さんは、確り者ですが、氣の毒なことに病身で、主人がお朝師匠の世話を燒いて居るのも、見て見ぬ振りのやうです」
「その日主人は、お妾のお朝のところへは行かなかつたのかな」
「さア、其處までは」
「それも關取の背中か。だらしの無え奴だ――お前はそのお朝といふ女にも逢つて來たんだらう」
「逢ひましたよ。なか/\良い年増で、毛が多くて鼠聲で、ねつとりした女で」
「女の鑑定だけは確かだな」
「主人の弟の新之助は、氣輕な良い男で、少し法螺吹ほらふきで、人が良くて、人に騙されるのと、大きな事を言ふのが取柄で、町内の人はホラ新と言つてゐますよ。四十八の獨り者、少しは年甲斐もなく遊びもするやうです」
「――」
「番頭の徳松は、堅くて慾が深くて、伜を石川屋の婿にすることばかり考へて居るやうです。石川屋のツイ隣に、お六といふ達者な女房と伜の徳三郎の三人で住んで居ます。お六は金棒曳かなぼうひきで見つとも無い女ですが、伜の徳三郎は、鳶鷹とびたかのちよいと良い男で、死ぬほどお梅を思つて居る樣子です。でも、の面には『此戀叶ひ難し』と出さうですね」
「それつきりか」
「まだ、やくざの業平房吉がありますよ。良い男の生れ損なひで、町内の娘やお神さんにチヤホヤされるから、本人は在原中將の生れ變り見たいな氣で居ますが」
「大層惡口を言ふが、お前も少しはけるのか」
「妬きやしません。お梅さんは利巧だからあんな男には白い齒も見せませんよ」
「お前には赤い舌を見せた」
「どうも、親分、今日は口が惡い、そんな事を言ふと女の子に嫌はれますよ」
 さて二人の無駄は際限もありません。


「ワツ、親分」
 それから二日目、八五郎は路地の中を泳ぐやうに飛んで來ました。
「さア、來やがつた。八の大變が來なきや、今日あたりは大夕立でも來さうな日和ひよりだと思つて居たよ」
 平次は御用が一段落になつて、これから八五郎でも誘つて、中の郷へ行かうと思つて居た時だつたのです。
「親分、到頭やられましたよ、あの母親が」
「何? 母親、石川屋の内儀のお時さんがやられたといふのか」
「昨日の夕方飮んだ藥が惡かつたらしく、夜になると苦しみ出して、夜半よなか前に死んでしまひましたよ。醫者が來て介抱も手當もしたけれど、餘程ひどい毒だつたらしく、二た刻ほどで息を引取つてしまひました」
「藥は何處から出したんだ」
「町内の本道見石先生の盛つたものに間違ひはなく、内儀はひどい痛風(リウマチ)で、四五日前から藥を呑んでゐた相です」
「兎も角、容易ならぬことだ。行つて見よう」
 錢形平次は、八五郎を案内に、兩國から船で、業平橋までがせ、その日の朝のうちに石川屋へ着きました。
「あ、八五郎親分、何んとかして上げて下さい。お孃さんが死んでしまひ相です」
 門口を入ると、二十二三の良い男が、飛付くやうに八五郎を迎へるのです。
「安心しねえ、いよ/\錢形の親分をつれて來たよ」
「錢形の親分、お願ひ申します」
 それは番頭の徳松の伜の徳三郎でした。續け樣に兩親をうしなつた、主人の娘のお梅の、激しい悲歎を慰め兼ねて居る樣子です。
 家の中はひどくごた/\して居りましたが、采配さいはいを揮るつて居るのは番頭の徳松。主人の義弟で、此店の支配をして居る、新之助の姿は見えません。
「生憎支配人の新之助さんは、昨日の朝木更津へ行き、まだ戻つて參りません。夕方までには歸ると思ひますが」
 番頭の徳松は、いかにも堅實さうな五十男ですが、店の指圖はなか/\行屆くらしく、自分の伜と、下女のお光を助手にして、何彼と取さばいて居ります。
「兎も角、御佛樣に」
「どうぞ、此方へ」
 徳松は奧の一と間に案内してくれました。いかにも贅を盡した家居で、木口も調度も、町人としては最上のものらしく、物に馴れた平次も、一々眼を見張つて居ります。
 奧の八疊は内儀の部屋らしく、死骸は其處にまだ其儘にしてあります。四十を少し越したばかりの、品の良い顏ですが、病氣と勞苦にやつれが見える上に、一と晩の苦しみに、ひどく陰がさして居ります。
「八、これは間違ひもなく毒害だ」
 まぶたから唇、みぞおちの斑點はんてんを見て、平次は一ぺんに斷定を下します。
「醫者もさう言つた相です。砒石の中毒に間違ひ無い――と」
 八五郎はさう言ひ乍ら、横の方を向いて、
「――ね、お孃さん」
 と聲を掛けるのでした。其處には平次の姿を見て遠慮した娘が一人、泣き濡れた姿でうな垂れて居るのです。
「夜の藥を呑むと、間もなく苦しみ出しました。お醫者樣の見えた時は、もう毒が廻つて、手段てだては無かつた相で――」
 泣きじやくり乍ら、娘のお梅は顏をあげました。柄は大きい方、恰幅も見事ですが、細面の品の良い娘で、この清潔さと賢こさは、八五郎が褒めちぎつたほどのことはあります。
「お醫者は」
「原庭の石見けんせき[#「石見けんせき」はママ]樣」
「大きい聲ぢや言へねえが、お幇間たいこ醫者の仲人醫者で、療治や見立の方は、あんまり評判の良い方ぢやありませんよ」
 そんな事を、ヌケヌケと大きい聲で言ふ八五郎です。
「あとで先生の家へ行つて見よう――此間亡くなつた御主人を診たのもその見石先生だね」
「さうです」
「ところで、昨夜お母さんの呑んだ痛風の藥といふのは、まだ殘つて居ることゝ思ふが――」
「二服だけ殘つて居りますが、見石先生が御覽になつて、私が盛つた藥に違ひない、お母さんは、何んか他の藥を呑んだことだらうと申します。でも」
「――」
「お母さんは、見石先生から戴いた藥の外には、何んにも呑まなかつた筈です」
 平次はそれを聽き乍ら、二服殘つた白い粉藥を、嗅いだり甞めたりしましたが、何んの變つたことも發見しなかつた樣子です。
「この家の者の他に、家の中へ入つた者は無いのかな」
「私と、下女のお光と、番頭の徳松どんと、徳三郎さんと、――他にはございません」
「フーム」
 平次はすつかり考へ込まされてしまひました。


 間もなく平次は、原庭の仙吉と八五郎をつれて、石原の利助のところを訪ねました。平次に取つては先輩の老御用聞ですが、中風の氣味で引つ込んでしまひ、娘のお品が十手捕繩とりなはを預かつて、多勢の子分達を使ひこなし、父親の名聲と格式とを維持して居たのです。
「お品さん、濟まねえが、子分衆を三四人貸してくれないか。石川屋の家の者と、それから、中の郷のお朝といふ師匠――」
「え、よく存じて居ますよ」
「あの女の身性みじやうを洗つてもらひ度いんだ。とりわけ、旦那が死んだ後どうして居るか、旦那の石川屋權右衞門が死んだ晩、何處でどうして居たか」
「え、え、丁度若い者が二三人ゴロゴロして居りますから、親分が指圖をして下すつて、仕事をあてがつて下されば」
 お品はハキハキと引受けるのです、出戻りで良い年増で、親代りに働いて女御用聞とか何んとか言はれて居りますが、本人は内氣で堅實で、家でお仕事でもして居たいに違ひありません。
「濟まねえな、それぢや、石川屋の主人權右衞門の死んだ、前の日から、あの店中の者の動きを念入りに調べて貰ひ度い、義弟おとうとの新之助は日本橋へ貸金の取立てに行つたと言ふし、番頭の徳松は主人の代理に下谷へ行つて御馳走になつて遲く歸つたし、徳松の伜の徳三郎は深川に行つたことになつて居る。他に業平の房吉と、權右衞門の妾の中の郷の師匠お朝の動きも調べ度い。――店を何刻なんどきに出て、向うへ何刻に行つて、何處を何う歩いて、何刻に戻つたか、詳しく訊いてもらひ度いが」
「へエ、承知しました。他には」
「本所中の川魚を扱つてる家を、皆んな訊くわけにも行くめえが、權右衞門の死んだ日、小さい鯉を賣らなかつたか、どんな人間に賣つたか、それも聽き出せると有難いが」
「やつて見ませう、親分」
 石原の子分達は、日頃平次の世話になつて居るので、斯う頼まれると一も二もありません。原庭の仙吉を加へて五人、その場から八方に飛出してしまひました。
 平次は石原の利助の病床を見舞つて、八五郎と二人、元來た方へ取つて返しました。
「何處へ行くんです、親分」
「どこだと思ふ?」
「お醫者でせう」
「その通りさ、此上は醫者に當つて見る他は無い。評判は惡くとも、少しは心得があるだらう」
 本道の見石先生は、人を喰つた男でした。黄八丈に坊主頭、老眼鏡に傷寒論しやうかんろんと言つた型の如き調子。
「お、お、高名な錢形の親分か。御用は何んぢやな、私は患家を廻らなきやならないので、あまりゆつくりもして居られんが」
 と、眼鏡を下げて、上眼づかひに人を見る五十餘りの御仁體です。
「お忙しいところをお氣の毒樣で、他ぢやございませんが、ね、先生。石川屋の内儀は、ありや砒石ひせきの中毒に間違ひありませんね」
「左樣、私も不思議に思つとるよ。私の盛つた藥に砒石などは入つてゐるわけは無い、――現に殘つて居る二服の藥には何んの變つたことも無かつた筈だ」
「誰か、一服だけ摺り換へるといふこともあります」
「成程」
「そんな時、呑む方の内儀が、藥を摺り換へたことに氣がつくでせうか」
「そつくり藥を代へてしまへば、そりや氣がつくわけだ。併し砒石は匂ひも味も無いから、半分藥を捨てゝ、半分砒石を交ぜられたとすれば、素人衆にはわかるまいて」
「そんな事もあるでせうな、ところで先生」
「まだあるかな」
「今度は今から半月前に死んだ、石川屋の主人權右衞門さんのことですが」
「フ、フム」
「あの人は業平なりひら橋の下の、釣船の中に、仰向になつて死んで居たといふことですが」
「――」
「卒中か心の臟の病で頓死したとして、死骸は仰向になつて居るでせうか」
「それは病氣にも依り、その人の身體の置き具合にもよるだらうが、大抵は吐くかもがくか、俯向になる方が多いだらうな」
「で、あの權右衞門は、本當に身體に傷が無かつたでせうか」
にさゝれた程の傷も無かつた。私が此眼で念入りに診たのだから、間違ひは無い」
「絞めた樣子も」
「絞めた死骸は、喉笛がどうかして居る。紐の跡はあるものだ、布團で蒸しても、口中に傷位はある。毒死なら、身體か舌に跡が殘るものだ――」
 覺束ない檢死ですが、兎も角、外傷や毒の痕跡は無かつた樣子です。
「耳の穴に疊針を刺されて死んだためしはいくらもあります。そんな事は無かつたでせうか」
「それも一應氣をつけた。權右衞門殿あの時酒は呑んで居たらしいが、耳も鼻も異状は無かつた」
「他に?」
「たつた一つ、肛門こうもんに油を塗つてあつた。ほんの少しであつたが、これはなどを患つてる人によくある事だから、あまり氣にも止めなかつたが――」
「有難う御座います。それで私には、いろ/\の事がわかつたやうな氣がします」
 平次は八五郎を促して、見石先生のところを出ると、石川屋權右衞門の妾だつた、お朝の家を訪ねました。
 瓦屋の並んだ特殊な町の路地裏で、こんなところに、お稽古に通ふ者も無ささうですが、お師匠とは名ばかり、お妾と言はれる代りの世間體の職業で、實は石川屋の妾として、贅澤に暮して居たお朝ですから、人目につき難い、こんな場所の方が住みよかつたのでせう。
「御免よ」
 八五郎に聲を掛けさせると、
「ハ、ハイ」
 ひざの上の猫の子が疊の上へ落ちた音がして、良い年増が障子を開けました。
 二十七八のクリームのやうなねつとりした肌、大きい眼、少し高い鼻、いかにも肉感的で惱ましい女です。
「神田の平次と八五郎だが」
「あ、錢形の親分さん、どうぞまア、此方へ」
 お朝は如才もなく二人を迎へ入れます。如輪目によりんもくの長火鉢の前へ、二枚の派手な座布團、頭の上に二梃の三味線がブラ下がつて、銅壺どうこの湯はいつでも沸いて居さう、戸棚を開けると、酒の道具と、め物が一と揃ひ、いつでも調ひさうです。
 この不氣味なほど整頓した、色つぽい空氣の中で、八五郎は桃尻もゝぢりになつて、鼻の頭の汗などを拭いて居ります。
「ね、師匠、打ちあけて貰ひ度いが」
「ハイ」
「石川屋の旦那が、業平橋の下で死んで居た日――いやその前の日の晝、此處へ寄らなかつたかえ」
 平次の問は突如として、問題の中心にタツチして行きます。
「いらつしやいました。未刻やつ(二時)少し過ぎだつたでせう。釣竿つりざをなんか擔いで、これから横川筋へ釣に行くんだが潮時が少し早いからと仰しやつて、一杯つけさして、さう、一刻位經ちましたか知ら、申刻なゝつ(四時)少し前、ほろ醉機嫌で、くぢらでも釣つて來るか――と冗談を仰しやつてお出かけになりましたが、それつきりになつてしまつて――」
 お朝は襦袢じゆばんの袖口で涙を押へるのです。
「それを誰か見たのか、――證人と言ふ程のもので無くても」
「陽氣な方ですから、入つて來る時、瓦屋かはらやの職人衆と挨拶して居たやうです、其邊でお訊き下さればわかります」
「旦那が死んだ後、師匠はどうする積りなんだ」
「木から落ちた猿でございます。――初七日に御内儀さんの御口添があつたとお仰しやつて、支配人の新之助さんがまとまつたものを屆けて下さいましたが、私はまだ若いんですから、あれで一生食べて行くわけにも參りません。もう少し賑やかなところへでも引越して、もう一度看板でも出さうかと、内々そんな事を考へて居ります」
 お朝はしんみりするのです。
「それにしちや心掛けなことだね。座布團が二枚、いつでもお湯がチン/\沸いて居て、酒の用意も出來て居るやうだが――」
「旦那がお達者だつた時のやうにして居たいんです。未縁ですね[#「未縁ですね」はママ]、お願ひだから、親分さん方、一と口召し上がつて下さいません? 私はもう淋しくて/\」
 お朝はさう言ひ乍ら、膳の仕度に取りかゝらうとするのです。
「ちよいと待つてくれ、俺達は御用に來てゐるんだ。此處で師匠のしやくで呑んでゐちや、天道てんたう樣に濟まねえ」
 平次はお朝の引止めるのを振りきつて、八五郎と飛出しました。
「親分、殘り惜しいぢやありませんか。良い年増の酌で、一杯あり付かうといふところを」
「何を言やがる、そんな氣ならお前だけ戻るが宜い」
「親分のやうに、役得嫌ひな人間も滅多にありませんね」
「當り前だ、酒が呑み度きや、錢を出して浴びるほど呑むが宜い」
「助からねえな」
「それはさうと、八、あれは何んだ」
「名物の瓦のかまどですよ、此方寄りの半分は使つてゐねえやうだが――」
「使つて居るのは火の氣があつて寄り付けねえが、向う岸寄りのこはれた竈は、人殺しの場所にならねえこともあるまいね」
「へエ、親分はそんな物騷なことを考へて居たんですか」
「業平橋は直く其處だ。此處が臭いとお前思はねえのか」
「成程ね」
「權右衞門の死骸を見て置き度かつたよ、着物にすゝ位ついて居たつて、見石先生では眼が屆くまい」
 併し、それはもう半月も前のことです。今更平次が地團駄踏んだところで何うにもなりません。


 平次は石川屋に引揚げると、葬ひの仕度のゴタゴタの中を、娘のお梅に案内させて、家中を見せて貰ひました。わけても奉公人の荷物などを調べましたが、怪しいことは何一つ無く、義弟の新之助、番頭の徳松の身持の謹直さに感心させられた位です。
 その間に、八方に飛ばした、石原の子分達は戻つて來ました。
「妾のお朝は、あの日の晝過ぎ、三味線などをひいて、大層陽氣にして居た樣ですよ。旦那の權右衞門は未刻やつ(二時)過ぎに來た相ですが、その御機嫌でも取つて居たのでせう。權右衞門の歸るのは誰も見た者はありませんが、お朝はその晩も神妙に家に居たやうです」
 それは第一の報告でした。
「お朝に他の男は無かつたのか」
「ジヤラジヤラして居る癖に身持の良い女で、時々、旦那の弟の新之助が來るのを見ただけで、これも、月々の手當を持つて來てくれるのだとお朝が言譯をして居た相です」
 これは精一杯のところ、それ以上には何んにもわかりません。次の男は、
「業平の房吉は、あの日は成田樣へ行つて江戸に居ませんよ。町内の多勢の仲間と一緒ですから、疑ひやうはありません」
 これは簡單にらちがあきました。
「主人の弟の新之助は、午刻半こゝのつはん(一時)頃家を出て、日本橋で四軒廻り、四軒目は晩飯を御馳走になつて、少し醉つて、酉刻半むつはん(七時)頃歸つた相です。家へ戌刻半いつゝはん(九時)に戻つてゐますから、それ位はかゝりませう」
 それは三人目の報告でした。
「番頭の徳松は申刻なゝつ(四時)頃家を出て、酉刻むつ前に下谷の家へ着き、散々御馳走になつて亥刻よつ(十時)近く歸つた相です、大分醉つてゐたといふことで」
 これも人などを殺して居る時間は無ささうです。
「徳松の伜徳三郎は、晝のうちから家を出て、深川でお詣りをして、二三軒呑み歩いたといふが、確かなことはわかりません。あの野郎はお孃さんのお梅さんに手ひどくはじかれて、ムシヤクシヤして呑み歩いたやうです。でも戌刻半うつゝはん[#ルビの「うつゝはん」はママ](九時)には自分の家へ歸つたやうで」
 これが關係して居る人達の、全部の動きです。
「ところで、本所で川魚を扱つて居る店で、小さい鯉を賣つた家はないか」
 平次のこの問は、
「――」
 答へる者は無かつたのです。
 石原の子分達を一應歸すと、平次はお梅に教はつて、店二階を見せてもらひました。其處は店の裏から簡單な段々梯子ばしごで登つた、物置になつて居て、屏風びやうぶ、火鉢、小道具顏から、棚の上には布團まで載せてありますが、差當り使ひさうなものは一つもありません。
 平次はその中から、何やら一つ見付けた樣子で、念入りに調べて居りましたが、
「これはお孃さん、片輪になつて居るやうだが――」
 鐵磨きの、鋭い一本の火箸ひばしでした。
「そんな筈はありません。何んとか言ふ、名人の打つたものだ相で、鐵磨きですけれど、めいも入つて居り、二本揃つてあつた筈です」
 お梅は何が何やらわからず、斯う言ふのでした。
 店二階は物置同樣ですが、昔はお座敷に使つたものらしく、梯子の上は手摺を廻した廊下になつて、裏二階へ續いて居るのでした。
「皆んな休むところは?」
「階下になつて居ります。母の部屋の隣は私、あとは叔父さん、――徳松どんと徳三郎どん」
 番頭父子は、別に家を持つて居ても斯んな時は此處へ泊るのでせう。
「お孃さん」
「ハイ」
 平次は靜かに、だが、しかとした調子で話しました。多勢の人が隣の部屋で聽いてる樣子ですが、そんな事は大した問題でも無ささうです。
「今夜、人が寢鎭まつてから、そつと二階へ登る人の顏を見て置いて下さい」
「――」
 お梅は、けゞんな顏で平次を見詰めました。
「そして、叔父さんが歸つたら、この多勢の人を、皆んな歸して、お通夜は明日の晩と言つて下さい」
「ハイ」
「おや、さう言へば、叔父さんの新之助さんが、木更津から歸つて來たやうだ。あつしも、これ丈けにして切り上げるとしよう。八、歸らうか」
「へエ、もう歸るんですか」
 もう少しお梅を慰めでもして居たいらしい八五郎を促して、平次は店へ出ました。
「おや、錢形の親分、私の留守中にまた飛んだ事が出來て、お世話になります」
 主人の義弟の新之助は、かゝる中にも、遠くから平次を見付けて挨拶して居ます。
「飛んだことだつたね、ところで新之助さん」
「へエ、へエ」
「内儀は毒で死んだ。どうかしたら自害かも知れないが、昨夜お前さんの留守中に殺されたやうな氣がしてならない」
「へエ?」
「それは、それとして、半月前にくなつた御主人權右衞門さんも、唯の死にやうで無いとわかつたのだ」
「?」
「そこで、寺社の御係にまでお願ひして、明日は墓をあばいて、死骸を取出し、和蘭流の名醫が立ち會つて、腑分ふわけ(解剖)することになりましたよ、迷惑だらうと思ふが、宜しく頼みますよ」
「へエ、腑分けを?」
 その頃は、腑分けなどといふことは、想像もつかない事です。初めて聽く八五郎も驚きましたが、新之助の驚きもまた容易ならぬものでした。


 その翌る朝は騷ぎでした。平次のところへ八五郎が飛んで來たのは、まだ暗いうち。
「親分、エライ事になりましたよ」
 格子を叩いてわめくのです。
「何がどうしたんだ。先づ落着いて話せ」
 平次は八五郎を何やら豫期した調子です。
「今度は叔父の新之助だ――あの家はどうかすると、人間が死に絶えますね」
「新之助が死んだといふのか」
「二階から落つこつて、腦天なうてんを碎いた上、鐵の火箸を自分ののどに突つ立てました。自分の手に握つて居るんだから、こいつはどう間違つても殺しぢやありません」
「フム、少し變だな、――誰がそんな事をお前に教へて來た」
「原庭の仙吉に見張つて居るやうに頼んで置いたら、今朝、――と言つたところで、石川屋で夜半に大騷動があつたと、暗いうちに人が來ましたよ」
「よし、行つて見よう。俺にも腑に落ちないことがある」
 平次は大急ぎで顏を洗つて出かけました。八軒町の石川屋へ行くと、あまりの事に驚いたか、近所の人も寄りつかず、中はひつそりして、無氣味に鎭まり返つて居ります。
「あ、親分さん、私はもう」
 迎へてくれたのは、まだ青い顏をして、ガク/\顫へて居る徳三郎でした。
「何處だ、案内してくれ」
「まだ其まゝにしてあります、此通り」
 店から入つて、梯子段の下へ行くと、薄暗い板敷の上に、あはせ一枚を掛けた死骸、それを剥ぐと、主人の義弟の新之助は、腦天を割つた上、鐵磨きの火箸で、自分の喉をつらぬき、淺ましい姿で息が絶えて居るではありませんか。
「もう少し明るくならないか」
「へエ」
 平次に言はれて、徳三郎は二階と欄間らんまの障子を開けました。と板敷の上には、かなりの埃りで、死骸は梯子の段々の間を潜つたやうに、二階の手摺の眞下、丁度梯子の裏に轉がつて居るではありませんか。[#「ありませんか。」は底本では「ありませんか」」]
「あれを見ろ、八」
 平次は指しました。樣子と丁度反對側の手摺に、長々と扱帶しごきらしいものが結んであつて、その端つこが、裏側の廊下にブラ下がつて居るのはどうしたことでせう
「首でもくゝらうとしたんでせうか」
「いや、そんな生優しいことでは無い、――お孃さんは何處だえ」
「佛樣の側ですが」
 徳三郎は、當り前のことゝ言はぬばかりに奧の方をチラと見ました。お孃さんの噂をすると、妙にこの男の眼は優しく光ります。
 奧の一と間、内儀の葬ひの仕度をやりかけたまゝの八疊に入ると、娘のお梅はひつぎの前に崩折れたやうになつて、深々と拜んで居りました。或は泣いて居たかも知れません。美しい襟足はふるへて、言ふに言はれぬ痛々しさです。
「お孃さん」
 平次が聲を掛けると、お梅は默つて首をあげました。涙に薫蒸くんじやうして、青い顏が頬のあたりだけポーツと赤くなり、大きい眼が、空洞うつろに平次を見上げるのも哀れです。
あつしはもう歸りますよ。――今更言ふ迄もないが、叔父の新之助は、お孃さんの兩親を殺した相手だ。うらんでも怨み切れない相手だが、證據の火箸を明日の腑分ふわけの前に隱さうとして、梯子段から落ちて、殘る火箸で自分の喉を突いて死んでしまつた。天罰といふものだな、お孃さん」
「――」
「でも、あの扱帶しごきは外して置く方が宜い、それぢやお孃さん」
「あの――」
 お梅は何か言はうとして口をつぐんでしまひました。平次はそれを聽き度くも無ささうに、八五郎を促し立てゝ外へ出るのです。
        ×      ×      ×
「サア、わからねえ、誰が一體どうして石川屋權右衞門夫婦を殺したんです、親分」
 歸る途々、八五郎は平次に繪解きをせがみました。
「叔父――と言つても主人の義理の弟の新之助だよ。新之助はあの身上を狙つて居たが、近頃お朝とねんごろになつて、急に權右衞門が邪魔になつたのさ。釣に誘つて置いて、お朝に言ひ含めて醉ひつぶし、古瓦竈こがはらかまどに持込んで、口を塞いで、鐵磨きの火箸の、恐ろしくとがつたのを、肛門に打ち込んだことだらう」
「へエ、ひどい事をする野郎ですね」
「あとは綺麗に拭いて油を塗つて置けば、お幇間たいこ醫者などには容易にわかるものか。死骸は業平橋の下の舟の上に棄て、釣をして居るうちに頓死したやうに、釣針に鯉をブラさげた。鯉はお朝の家のお勝手から持出したことだらう。小さくたつて鯉などをえらにブラさげたのが露見のもとさ。新之助は釣のことも魚のことも知らなかつたに違ひない」
「太てえ話で――ところで、本當に今日、權右衞門の死骸の腑分けをするんですか」
「するものか。あゝ言つて置けば、死骸の尻から火箸が出て來た時大變なことになるから、權右衞門を殺した覺えのある奴は、夜のうちに、二階の物置の火鉢に殘つた、もう一本の火箸を隱すに違ひないと思つたのさ」
「へエ、でも内儀を殺したのは、新之助ぢやありませんよ、新之助はあの晩木更津へ行つて居た筈で」
「そこが新之助のずるいところさ。内儀の藥は四服殘つて居た。そのうち一服を砒石ひせきと替へて置けば、翌る日の晝までにはきつと呑むから、内儀は新之助の留守中に死ぬことになるぢやないか」
「あ、成る」
「歸つて來ると、明日は權右衞門の腑分けと聽き、夜半よなかに二階の火鉢から、殘る證據の火箸を持つて來て隱さうとした。が、天罰覿面てきめん、二階から落ちて腦天を碎いた上、自分の手に持つて居る火箸を自分の喉に突つ立てゝしまつた」
「うまい具合に行つたものですね。親分」
「新之助が二階へ行くのを知つて、あの梯子はしごを外したものがあるのさ」
「へエ」
「梯子をはづされて居るとは知らないから新之助は、眞つ暗闇くらやみの中を一と足、宙を踏んだからたまらない、あツと言ふ間もなく、板敷の上へ逆樣に叩きつけられ、腦天を碎いた上、火箸を喉に突つ立てゝしまつた」
「梯子を引いたんですつて、――あの梯子は重さうですよ」
「赤い扱帶しごきを結び合せて、梯子の上の段に縛つて、向う側の欄干から、そつと引つ張つたのさ。梯子は音もなく外れて、新之助は空を踏んでしまつた」
「では、――あの」
「さうさ。あの娘は、父親と母親を殺したのは叔父の新之助と、最初から感付いて居たのだよ。俺が證據を集めて、いよ/\それとわかると、もう我慢が出來なかつた」
「へエ、驚いたね、あの綺麗な娘が」
 八五郎は首を振るのです。
「だから、お前の女房には向かないよ、岡惚れだけにして置きな、良い娘には違ひないが、あの娘は火のやうな氣象者で、自分のことは自分でしなきや承知しないだらう」
「へエ」
「さア歸らう八、丁度晩酌ばんしやくが一本ついて居るぜ」
 二人はいそ/\と急ぐのでした。





底本:「錢形平次捕物全集第三卷 五月人形」同光社磯部書房
   1953(昭和28)年4月20日発行
   1953(昭和28)年6月20日再版発行
初出:「オール讀物」文藝春秋新社
   1952(昭和27)年5月号
※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:門田裕志
2015年9月1日作成
2017年3月4日修正
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