「八、目黒の兼吉親分が來て居なさるさうだ。ちよいと挨拶をして來るから、これで勘定を拂つて置いてくれ」
錢形の平次は、子分の八五郎に紙入を預けて、其儘向うの
目黒の
「姐さん、勘定だよ。何? 百二十文。酒が一本付いてゐるぜ、それも承知か。
ガラツ八は自分の
ぬるい茶が一杯。
景色を見るんだつて、
「ちよいと、伺ひますが、あの錢形の親分さんは?」
優しい聲、耳に近々と囁くやうに訊かれて、ガラツ八は振り返りました。
「親分は向うへ行つてるが、何んだい、用事てえのは?」
「あの、錢形の親分さんのところの、八五郎さんと言ふのはあなたで――」
「よく知つて居るな、八五郎は俺だ」
「確かに八五郎親分さんで――」
「八五郎親分てえほどの
ガラツ八は古風な
「それぢやこれを、そつと錢形の親分さんへお手渡し下さいませんか」
八五郎に握らせたのは、半紙半枚ほどの小さく疊んだ結び文。
「あツ、待ちねえ。親分と來た日には江戸一番の
追つかける八五郎の手をスルリと拔けて、女は店口から往來の人混みの中へ、大きな
「冗談ぢやねえ、岡つ引へ附け文する奴もねえもんだ。これだから當節の女は嫌ひさ」
ガラツ八はでつかい
「まゝよ、何うとも勝手になれ」
幸ひ平次から預つた
「どりや歸らうか」
平次は離屋から歸つて來ました。
「へエ紙入。勘定は百二十文、あんまり安いから受取も中へ入れて置きましたよ」
「栗飯の受取なんざ、
庭石をトンと踏んで、傾きかけた西陽を浴びると、成程女に附文をされるだけあつて平次はまだまだ若くて好い男であります。
「何をニヤニヤして居るんだ。歸らうぜ」
「へエ――、姐御がさぞ氣が
「何だと」
「なに、此方のことで」
二人は肩を並べて、神田へ向ひました。
その頃ガラツ八は、向う柳原の叔母の家に泊り込んで居りました。無人で困るからと言ふ叔母の願を叶へてやるつもりの八五郎。
何時までも獨りでもあるまいから、嫁を持たせる支度に、夜の物や、折々の着物も一と通り揃へさせてやりたいといふのが叔母の下心だつたのです。
その日ガラツ八の八五郎が平次のところで、遲い晩飯を濟ませて、フラリと柳原土手を歸つて來たのは
「氣を付けろ、間拔け奴」
一人前の
「あツ」
と立直るところを、足をさらはれて、さすがの八五郎、
「な、何しあがるんでえ、
と言つたが追付きません。相手は恐ろしく強いのばかり三人。ガラツ八も力づくでは滅多に人に引けを取りませんが、こんなに腕つ節の強いのに揃つて來られては、全くどうすることも出來なかつたのです。
「――」
三人の相手は、
「
口だけは達者に動きますが、非凡の腕力揃ひに、兩手と首を押へられての作業では、ガラツ八の武力も全く用ゐやうがなかつたのです。
これが素人衆だと、大きい聲を出して自身番を呼ぶとか、往來の人に驅けて來て貰ふ
「ない」
「人が來た」
「引揚げよう」
小さい聲で囁き交した三人、ガラツ八を土手の上から突き轉がすと、そのまゝ後をも見ずに三方へ。これは實に心得たやり口でした。ガラツ八が三人のうちどれを追つ驅けようと、暫く
いやそれどころではありません。土手から川へ轉がされて柳の根つこに
立上がつて懷を探ると、幸ひ十手は無事。
「畜生奴ツ」
髷の
翌る日、ガラツ八のところへ大變な者が押し掛けて來ました。
「小母さん、八さん在らつしやる? あらさう、まだ寢て居るなんて
二十五六、この時代の相場では大年増ですが、洗ひ髮を無造作に束ねて、白粉つ氣なしの
「お前さんは?」
叔母は少し遠い眼を見張りました。
「お吉よ。あら、忘れなすつたの。心細いわねえ、八さんの
「まア、呆れた。私にはそんな氣振りも見せないんだよ、あの子は」
叔母は少し
「小母さん、二階へ行つて宜いでせう。何うせこれから先、ズツと此處に居る心算りよ、可愛がつて下さるわねえ」
「――」
呆れ果てた叔母の口へ
「あら、本當に寢て居るよ、この人は」
お吉は八五郎の枕元へ、
「ちよいと、起きて下さいな。私が來て上げたのに、寢て居るつて法はないワ。鼻から提灯なんか出してさ、狸ならもう少し綺麗事にするものよ、――もう
何と言ふ惱ましさ、窓から入る秋の朝陽が、暫らくクワツと赤くなつたほどの情景です。
「うるさいな、もう少し寢かしてくれ」
くるりと寢返りを打つた八五郎。
「あら」
枕の下に入れた財布がはみ出したのを見ると、女はそつと引出して中を調べました。
「まア、ちよいと、大の男がこんな財布を持つて歩くの。良い膽つ玉ね、
女はそんな事を言ひ乍ら、長火鉢の側ににじり寄つて、上から順々に抽斗を開けて見ました。それから、手箱、押入と、覗いて廻るのを、この時はもうすつかり眼の覺めた八五郎は、夜具の袖から眼ばかり出して、世にも怪奇なものを見るやうに覗いて居るのでした。
「八さん、世帶道具はこれつ切りかえ」
女は又元のところへ來てペタリと坐りました。例の惱ましき
「お前は誰だい、何だつて人の家へ入つて來るんだ」
起き上がつて、寢卷の胸をカキ合せると、長い顏を引締めて少し屹となります。
「あら、忘れちやいやだよ、夫婦約束までしたお吉ぢやないか。よく氣を落着けて御覽よ、私の顏を見忘れる筈はないぢやないか」
「な、何だと?」
「なんて怖い顏をするんだらう。だけどさ、不斷お前さんは優しいから、さう屹となつたところも、飛んだ立派よ。頼母しいつたらないんだよ、ウフ」
女は身を
「わツ、何をしあがるんだ。俺は女が嫌ひだよ。ことにお前のやうなのは、見ただけでも、
「何を言ふのさ、此間は一緒になつてくれつて、お前さんの方から泣いて
「冗談も休み/\言へツ。それともお茶番の稽古なら、又日を改めてお願しようぢやないか。馬鹿々々しい」
併しこの勝負は完全に八五郎の負けでした。何うしても一緒になると言ふ女を突き飛ばして、ろくに顏も洗はず、昨夜の泥の付いた袷を引掛けたまゝ飛出したのは、それから四半刻ばかり後のことですが、八五郎は骨の
「親分、こんなわけで、馬鹿々々しくて人樣に話が出來ないが、深いわけがありさうだから、此儘隱して置けません」
ガラツ八は昨夜からの一
「そいつは面白さうだ、
平次は大眞面目にこんな事を言ひます。
「三十になつたばかりで」
「勘平さんと同い年か、それで女が出來ないつて法はあるまい。そのお吉とか言ふのも、何處かでからかつたんぢやないか。よく思ひ出して見るが宜い」
「飛んでもねえ、親分。この八五郎が、女にからかつて忘れるか忘れねえか」
「まア、さうムキになつて怒るな。お前に覺えがなきア、これは話が面白くなりさうだ。何か大事なもの――どうせ金目のものぢやあるまいが、――人樣から預るか何かして持つちや居ないか」
「大した品ぢやありませんが、たつた一つ心當りがあります」
ガラツ八は、目黒の栗飯屋で、
「それ/\、それに決つたよ八。昨夜の柳原の暗討も、今日の押掛女房も、その結び文が欲しかつたんだ、――何だつて又つまらねえ遠慮をして、俺に渡さなかつたんだ」
「親分の紙入の中へソツと入れて置きましたよ」
「何、俺の紙入に入れた。人の惡いことをしあがる」
平次は[#「平次は」は底本では「親次は」]懷から紙入を出して見ましたが、中には鼻紙と小遣が少々
「おや、親分のところへも押掛女房がやつて來たんぢやありませんか」
ガラツ八は少しばかり
「そんな馬鹿なことがあるものか。お靜、お靜、紙入の中に入つて居た、結び文を知らないか」
平次は次の間へ聲を掛けると、
「これでせうか」
お靜は何の
「それ/\、氣がきくのも好し惡しだ。紙入の物を始末する時は、一應俺に訊いてからにしろ」
「ハイ」
お靜は少し赧くなりました。淡い
「どれ/\、八、お前もかゝり合ひだ、立ち合つてくれ」
平次は馴れたもので、半紙を二枚ほど持つて來て、臺の上へ並べると、その上でそつと結び文を解いて行きました。髮の毛一と筋砂一粒入つて居ても、見のがさないやうにする爲だつたのです。
「おや?」
思つて居た通り、疊んだのは半紙半枚、
いや、大きい二
「これは何だい、一體」
裏返して見ましたが、それつ切り何にもありません。
上の二重丸は少し大きくて徑一寸ほど、その下一寸二三分離して描いた二の字は
「何でせう親分」
「判らないよ、――だけど、これが欲しさに、立派な御用聞を
平次はお靜を紙屋に走らせて、同じ程度の上質の半紙を買はせ、その一枚を半分に
「八、これを持つて歸れ、
八五郎は平次に言はれた通り運びました。歸つて來たのは夕景、お吉と言ふ女は、すつかり女戻氣取りで、叔母を手傳つて晩飯の支度などをして居ります。
「おや、八さん、お歸んなさい。大層な御機嫌ね」
「何を言やがる」
八五郎はツイ
「あら、錢湯へ行くのかい、一本つけて待つてますよ」
追つ驅けるやうにお吉の聲。ガラツ八は
お吉は八五郎の脱ぎ捨てた袷の袂から、贋物の結び文を搜し出して、續いて其後から飛出した事は言ふまでもありません。
「へン、錢形の親分の見透しさ。お吉の
八五郎はブラサゲた手拭を早速
女はそんな事も知らぬ樣子で、賑やかなところを通るやうに、――白金へ辿り着いた時はもう
「おや?」
六軒茶屋町から
太鼓橋を渡つて、中目黒の方へ、
何處やらで――女の悲鳴。
驅け出したガラツ八は、ハタと
往來に崩折れて居るのは紛れもないお吉、抱き起すと、――あツ血、胸を一とゑぐり、一とたまりもなく死んだ樣子です。
早くも結び文に氣の付いたガラツ八は、帶の間、袖、襟――など、凡そ女が物を隱しさうなところを殘るくまなく搜しましたが、下手人に奪られたと見えて、其邊には影も形も見えません。
それからの騷ぎはどんなに
「錢形の親分ところの八
連れて飛んで來た目黒の兼吉――これは老巧な良い御用聞で、平次に
「目黒の親分、これには深いわけがありさうですぜ。兎に角女の身元を
八五郎も外に工夫はありません。
兼吉の子分は八方に飛びました。
女は矢張りお吉と言ふのが本名で、中目黒切つての物持ち、
近江屋の番頭佐太郎は、翌る日の晝前に縛られました。番所で引つ叩かないばかりに責めて見ましたが、知らぬ存ぜぬの一點張で、筋の通つたことは一つも白状しません。
丁度その頃。
「親分、大變、近江屋の主人が死にましたぜ」
兼吉の子分が、番所へ飛込んで來たのです。
「何?
「それが怪しいんで――、晝飯の後で、大變な苦しみやうだつたといふし、身體が
「そいつは大變だ。八兄哥行つて見るかい」
兼吉と八五郎は宙を飛びました。岩屋の辨天前を通つて、龍泉寺の門前、この邊は昔の方が繁昌したところで、近江屋も片手間乍ら場所柄だけの商賣はあつたわけです。
店の内外はゴツタ返す騷ぎ、それをかきわけて入ると、奧は思ひの外
「おや」
もう一つ驚いたことは。七兵衞と言ふ年寄臭い名を持つて居るのに、死んだ主人といふのは、精々二十五六、一寸好い男ですが、死體は二た眼とは見られない
「あツ、お前さんは」
八五郎はもう一つ
「――」
お峯の訴へる眼付き――
「これは、親分樣方、――御苦勞樣で御座います」
下男とも、小使とも、
先代七兵衞は十年ばかり前に此土地へ來て、
二つの死骸を
それに、近頃お吉の
主人の七兵衞は、
お茶の相手をしたのは女房のお峯ですが、それは
兼吉はお峯も縛ると言ひ出したのは、決して無理なことではなかつたのでした。
「お願ひですから、錢形の親分さんをお呼びして下さい」
自分の身邊が危ふくなると、お峯はそつと八五郎に囁きました。
「それぢや訊くが、あの結び文は何だえ、それを言つて貰はなきア、御新造を
八五郎の言葉は少し
「私には何にも判りません、――
お峯の言葉は意外でした。が、綺麗な小さい顏、わなゝく唇、一生懸命な瞳を見て居ると、どんな不自然なことでもガラツ八は信じてやりたいやうな氣になります。
「それから」
「あの日錢形の親分さんが不動樣に參詣にいらしつたと聽いて、私は一人で決めて飛んで行きました。
「――」
「八五郎さんにお願して、錢形の親分にお頼みしたと話すと、
お峯の話はそれだけです。
間もなく兼吉がやつて來て、繩は打ちませんが、お峯を番所まで伴れて行つて了ひました。
が、町内の醫者や、目黒から
佐太郎はどんなに責めても、お吉殺しを白状せず、お峯の方も、夫殺しの嫌疑が段々薄くなるばかりです。
佐大郎の着物に着いて居た血といふのは、人を刺した時の返り血でなくて、刄物を拭つた血の跡だと判りました。これは八五郎が
お峯に
もう一つ、生菓子へ入れた毒も、その時お峯が入れたとは限らないわけで、一刻も二刻も前に入れて置いても、七兵衞が喰ふに決つた菓子だつたのです。
二人は許されて歸つて來ましたが、さうかと言つて、他に疑ひをかける程の人があるわけではありません。
釜吉は實直一點張の男、菓子もその日の朝七兵衞に頼まれて自分が赤坂から買つて來たのですから、自分の手で毒を仕込むやうな馬鹿なことはする筈もなく、第一その菓子を誰が食ふのか、よく知つて居る道理がなかつたのでした。
「錢形の、――氣の毒だが、兄哥も滿更掛り合ひがないわけでもあるまい。少し乘出して智慧を貸しちや貰へまいか」
兼吉がわざ/\神田までやつて來たのは、それから七日も經つた後でした。
「俺が出しや張つちや、兄哥に濟まない。斯うしよう、たつた一つ心當りを言つて置くが、兄哥の手で調べて貰へまいか」
平次は遠慮深くこんなことを言ひます。
「どんな事だい、錢形の兄哥、斯うなりや、どんな事でもやつて見るが」
四十男の兼吉は、此稼業の者に似合はぬ、
「近頃、あの家の者か、出入の者で、鍵を
「そんな事ならわけはない」
兼吉は大喜びで飛出しました。平次の註文は見當も付きませんが、何となく自信あり氣で、これが六つかしい事件をほぐす
が、それも全く無駄な努力でした。山の手の鍛冶屋鑄掛屋に、この十日ばかりの間に鍵を頼んだのは三十人もありますが、困つたことに、その中には近江屋の者は言ふ迄もなく近江屋出入の者も一人もなかつたのです。
「どうだらう、錢形の」
二度目にがつかりして兼吉が來た時、平次は日頃にもなく
「成程これは惡かつた。あれほどの曲者が、自分で鍵を註文に行く筈はない」
斯んな事を言つて居ります。
到頭平次は乘出しました。
目黒へ行く前、南の奉行所へ一寸顏を出して、書き役の遠藤
「丁度十年か十一年前に、何か飛んでもない物が盜まれて、それつ切り、その品も現れず、盜人も知れないと云ふやうな事は御座いませんか」
こんな事を訊ねます。
「左樣。十年か十一年前と云ふと古いことだが、品物も盜人も現はれないのは、大抵書き殘してある筈だ、待つてくれ」
帳面をバラバラとめくつて行つた遠藤佐仲は、暫らく經つて、會心の笑みを浮べました。
「ありましたか、旦那」
「あつたよ平次、――しかも二つだ」
「へエ――」
「一つは、
「そんなのは要りません、江戸の近在のだけで澤山で」
「板橋の
「それから」
「金座の後藤が、勘定奉行へ送つて
「その小判には極印が打つてあるでせうか」
「捺してない筈だ」
「通用出來ませんね」
「十年も經つて、世間で忘れて居るから、極印位はなくとも、今なら少々は通用するかも知れないよ、尤も極印の
遠藤佐仲まことに心得たことを言ひます。
「それだツ」
「あ、驚いた、何がそれだ」
「いえ、此方の事で、どうも御手數を掛けました。有難う存じます」
平次は其足で目黒へ――。
「目黒の
兼吉を呼出して、そつと囁きます。
「宜いとも」
顏の良い兼吉は、即座に子分や
「有難い、これだけありやどんな狸でも逃しつこはねえ、型ばかりの家探しをさせて、日が暮れたら一人殘らず歸る振りをするんだ。尤もそつと引返して、塀の外から見張つて居て貰ひたいんだ」
「宜いとも」
二人は打合せると、
「サア、これから家探しだ。天井裏から、床下まで、目の屆かない
平次が號令すると、三十人ばかりの人數、一齊に動き出して、凡そ氣の長い家探しを始めました。
それが半日、日が暮れて、灯がなくては何にも見えなくなると、平次と兼吉は、
「どうも御苦勞、これだけ探して見當らなきア、此家に隱して置かなかつたんだらう。一人殘らず歸つて休んでくれ」
兼吉に言はれて、文句を言ふわけにも行かず、銘々
「これで切上げだ。――下手人は到頭解らないが、いづれ
平次はおつくふさうに立上がりました。
「無駄だらうよ、錢形の」
「無駄は解つて居るが念の爲だ、――番頭さん、御新造さん、案内して貰ひませうか、釜吉も一緒に來てくれ、疑ひのかゝらなかつたのはお前ばかりだ、人徳があるんだね」
「御冗談を、親分」
釜吉は佐太郎とお峯の後に從ひました。
平次は兼吉を先に立てゝ、店から始まつて、納戸へ、居間へ、佛間へ、お勝手へ、雇人の部屋へ――と鍵のあるもの、錠前のあるものを一つ/\覗いて行きます。
時々は自分の袂から二三十束にした鍵を出して、いろ/\廻したり開けたり。
到頭
庭の奧の林の中には、近所の百姓地で荒れ放題になつて居たと言ふ、
「これは大層慾張つた賽錢箱だネ」
平次は笑ひながら覗いて見ました。
「――」
平次は小首を傾けましたが、其邊にあつた細い棒を持つて來て、賽錢箱の内と外の深さを測り、それから、自分の鍵束の中の大きい鍵を海老錠に持つて行くと、
平次は箱の中に手を入れると、バラ錢をかき集めました。
「あツ」
そのバラ錢の一枚は糊で付けたもので、剥すとその下から、鍵穴が一つ出て來たのです。
平次は豫期したことのやうに、その穴に同じ鍵を入れて廻すと、床板は手に從つてボカりと取れ、その下から、目の覺めるやうな山吹色――。小判で六千兩の大金が、提灯と手燭の灯を受けて
「これは何だ」
驚く兼吉。八五郎も佐太郎もお峯も、釜吉も、暫らく息を吐くことさへ忘れたやうでした。
「十年前、
平次は一人で感心して居ります。
「その六千兩を奪つた泥棒は誰だ」
たまり兼ねて兼吉は口を挾みました。
「近江屋の先代七兵衞がその
「――」
「大きい二重丸は鍵の上の輪だ、これはあつてもなくても宜い。次の二の字は、鍵の一番大事な二本の足だ。左が揃つて居るのはその爲だ。下の二重丸は、鍵の
「その鍵は親分」
とガラツ八は平次の持つて居る鍵を指します。
「近所の
「出鱈目な、寸法を書いてお吉にやつたのは?」
「曲者に一杯喰はせる爲さ。曲者はお吉を使つてお前から寸法書を取らせたが、お吉は昔の七兵衞の仲間の泥棒の娘だつたので、もう一人、生き殘つた泥棒が殺して了つたのさ。お吉があんまりいろ/\の事を知つて居たのと浮氣ツぽくて氣が許されなかつたのだ」
「――」
平次の明察に、皆んな
「曲者はお吉を殺した上、二代目の七兵衞まで殺した。生菓子へ入れた毒は、其邊の藪に澤山ある×××××だ。あれは味が解らない上、
「誰だい、その曲者は」
兼吉は我慢のならぬ聲を出します。
「證據から先に見せてやらう。先刻の
「野郎ツ、鍵を捨てたなツ」
八五郎は怒鳴つて、猛犬のやうに誰かへ飛付きました。恐ろしい必死の格鬪が、ほんの暫らく續くと見るや、
「馬鹿ツ、外には三十人も居る、神妙にせい」
平次が手から投げた錢は、塀の上の曲者の頬を打つと、曲者の身體はそのまゝ下へ。
不意を喰らつて、よろめくところへ、塀の外に伏せた人數は、折重なつて縛り上げました。
曲者は、下男の釜吉、昔の
番頭の佐太郎は何にも知らず、お吉は、佐太郎のお人好しに食ひ下がつて、釜吉と張合つて、近江屋の内情を知らうとして居たのです。
佐太郎はお吉が殺された時刻に、何處に居たか、言ひ開きの出來なかつたのは、お峯に庭の闇に