「親分、何かこう胸のすくようなことはありませんかね」
ガラッ八の八五郎は薄寒そうに
「胸のすく
「そいつはあやまりますよ、親分」
「馬鹿野郎、
「畳をあげるより、
「仕様のねえ野郎だ。そんなに御用大事に思うなら、俺の代理に
「鍛冶町の紅屋に何があったんです? 親分」
「紅屋の居候のような支配人のような
「それじゃ親分、大掃除よりそっちの方を手伝いますよ」
八五郎は言い捨てて飛び出しました。
紅屋――といっても、手広く唐物袋物を
その支配人の弥惣が、けさ小僧の定吉が土蔵を開けてみると、思いも寄らぬ
ガラッ八の八五郎が行った時は、一と足違いに検屍が済んで、役人はもう帰った後。鎌倉河岸の佐吉も帰り仕度をしているところでした。
「お、八五郎
「大掃除で真っ黒になっていますよ」
「それでよかったよ。弥惣の死んだのは間違いに決ったし、唐櫃の中の八千両の小判を拝んだだけが役得みたいなものさ。――もっともこちとらのような貧乏人には眼の毒かも知れないが――」
気の良い佐吉は、そう言って笑うのです。
「八千両ですって?」
ガラッ八はさすがに
「そいつを取出そうと、石の唐櫃の中へ首を入れたところを、突っかい棒が
「ヘエ――」
そう聴いただけでも、何かガラッ八には容易ならぬものの臭いがするのでした。
「不断やっとうの心得があるとか、
「そいつは後学のために、現場を見たいものですね、佐吉親分」
ガラッ八は押して頼みました。
「なるほど、そう言われると面倒臭がっていちゃ済まねえ。幸い現場はそのままにしてあるから、まず死骸から見て行くがいい」
鎌倉河岸の佐吉はガラッ八を案内して、もういちど紅屋の奥へ引返しました。
店から住居を抜けると、裏は二た戸前の土蔵と物置があって、その間に弥惣
「どうして紅屋の先代が、あんな男を店へ入れたか、――死んだ者の悪口をいうわけじゃねえが、弥惣というのは一と癖も二た癖もある男だったよ」
五十男の佐吉は、平次には幾度も幾度も助けられているので競争意識を離れて、ガラッ八にこう話して聴かせるのでした。
弥惣の家は
「気の毒だが、銭形の親分ところの八五郎兄哥がちょっと拝んで行きたいと言うから――」
佐吉が弁解しながら入ると、
「どうぞ、よく御覧下さいまし。私はどうも、親父が怪我や過ちで死んだとは思えませんが――」
そう言って案内してくれたのは、死んだ弥惣の
「あ」
「ね、親分さん、あんまり
弥三郎は側から血走る眼で見上げます。
死骸は全く二た目と見られない
「気の毒なことだったな。――ところで、ほんの少し訊きたいことがあるが」
ガラッ八は平次仕込みにきり出しました。
「へ、どんなことでも訊いて下さい。親分さん。――私の口から言うと変ですが、親父は石の唐櫃の蓋に挟まれて死ぬなんて、そんな間抜けな人間じゃありません」
「やっとうの心得があったというじゃないか」
と八五郎。
「自分では目録だと言っていましたが、少しは
弥三郎はそんなことを言うのも少し得意そうでした。
「紅屋とは、どんな引っ掛りがあったんだ。三年ほど前にこの家へ入ったという話だが」
ガラッ八は問い進みます。
「先代の旦那が若いとき、
「土蔵の石の唐櫃に、八千両の金のあることを、お前は知らなかったのか」
八五郎の問いは方向を変えました。
「少しも知りません」
「父親は?」
「そりゃ、店の支配を頼まれたくらいですから、知っていたでしょう」
「ゆうべ家を抜け出して、土蔵へ入ったことをお前は知っていたはずだと思うが」
「気がつきませんでしたよ。部屋が離れている上、私は大寝坊で」
そう言われると、それっきりのことです。
問題の土蔵は小さい方の雑用蔵で、そこには穀物や荒荷や、粗末な道具類しか入っておらず、こんな場所に八千両の大金が隠されていようとは、全く思いも寄らぬことでした。
しかも山のように積んだ雑物の奥、
覗くと中は幾千枚とも知れぬバラの小判、――その上に二つの千両箱を載せて、土蔵の薄暗い中にも、入口から射す光線を受けて、真新しい山吹色に光ります。
なんとはなしに寒気がするような情景の中に、八五郎は精いっぱいの注意と、柄相応の威厳とで調べを始めました。
「親分さん、御苦労様で――」
若主人の藤吉は役所から帰ったばかりの顔を出します。二十三というにしては、ひどく若々しいのは、
「こんなところに八千両の大金を隠してあったのは、誰と誰が知っていなすった」
ガラッ八は始めました。
「亡くなった父親と、私と、それから番頭の彦太郎だけでございます」
「番頭の彦太郎?」
「私でございます」
四十二三の
「死んだ弥惣は知らなかったのか」
ガラッ八は突っ込みました。
「知るはずはございません。弥惣は昨今の者ですから」
若主人の藤吉はきっぱりと言いきります。
「いえ、若旦那のお言葉ですが――親父は紅屋の支配人ですから知っていたに違いないと思います。その証拠には――」
「その証拠には?」
八五郎は問い返しました。
「ここへ来て
そういえば何の変哲もありません。
「知っていて、やましいことがないのなら、夜更けにそっと入るはずはないと思うが――」
「…………」
八五郎の疑いはその上へ行きました。
「八千両の隠し場所を、人に知られたくなかったんでしょう」
弥三郎はこともなげに説き破ります。
「
側の空箱の上に置いた小田原提灯を、八五郎は取上げました。提灯は畳んで半分ほども残った
「これは誰が持って来たんだ」
「大方、ゆうべ弥惣が持ち込んだものでしょう。店の印が入っておりますから」
と藤吉。
「けさ死骸を見付けた小僧さんを呼んで貰いたいが――」
「ヘエ――」
番頭の彦太郎が店の方へ行くと、間もなく十三くらいの利発そうな小僧をつれて来ました。
「私でございますよ、親分」
「今朝の様子を
「ヘエ――、いつものようにお店から甲府の出店へ送る商売物の荷造りをするつもりで、手頃の空箱を捜しにここへ入ろうと思いましたが、不思議なことに、店の奥の柱の釘に掛けてある鍵が見えません」
「どんな鍵だ」
「鉄の大きな鍵ですよ。先の曲った、太い柄の付いた」
「で、どうした」
「滅多にないことですが、仕方がないから若旦那に申上げて、神棚に載せてある、替え鍵を拝借して開けました」
「その替え鍵は滅多に使わないのだな」
「十年に一度使ったり五年に一度使ったり、滅多に持出しません」
若主人の藤吉は答えました。
「近頃は?」
「七八年使わなかったようです。神棚からおろした時は、大変な
「それから」
八五郎は小僧の定吉を
「替え鍵で開けて入ると、
小僧の定吉はゴクリと
「その蓋に挟まれているのが、すぐ弥惣と判ったのか」
「え、朝っから見えないって騒いでいたんですもの。その着物も昼のまんまだし」
定吉は賢くも、いろいろのことに気が付くのです。
しかしたったこれだけのことで、弥惣の死を過失でないとは決められません。弥惣は何かの事情で八千両の隠し場所を嗅ぎ出し、夜陰にそっと忍び込んで、天罰的な災難に
鎌倉河岸の佐吉を先頭に、皆んな土蔵の外へゾロゾロと出た時、
「親分さん、――変なものに気が付きませんか」
弥三郎は八五郎の耳に
「なんだ」
「ちょっと来てみて下さい」
もとの土蔵の中へ引返すと、弥三郎は後ろの方にハネのけた
「なんだ?」
「なんだか解りません。引出してみましょう」
「よし」
八五郎は手を掛けて引いてみましたが、石の蓋があまり重かったのと、はみ出している品が、指が二本かかるのが精いっぱいなので、力自慢でもこればかりはどうにもなりません。
「二人でやったら、少しは動くかもわかりませんね」
「それじゃ呼吸を揃えて動かしてみよう。ひの、ふの、み――と」
八五郎と弥三郎と二人の力を併せて、ほんの少しばかり
「出ましたよ」
「なんだ懐中煙草入じゃないか。――
「…………」
弥三郎は黙り込んでしまいました。
「こいつは誰のだ、知ってるだろう」
「私からは申上げられません」
「なに?」
八五郎はちょっと気色ばみましたが、思い直した様子で、そのまま外へ出るとその辺に
「お前にしちゃ上できだよ」
銭形平次は八五郎の報告を聴きながら、すっかり考え込みました。
「これがどんなことになるでしょう、親分。弥惣はやはり
八五郎は
「解っているじゃないか、弥惣は間違いもなく人に殺されたのさ」
「ヘエッ」
八五郎は仰天しました。自分が掻き集めて来た材料で、親分の平次はいったい何を見抜いたのでしょう。
「煙草入が落ちていたり、提灯が消えていたり、死んだ弥惣の細工でないことは解りきっているじゃないか」
「?」
「まず提灯のことを考えるがいい。弥惣が持込んだ提灯で外に誰も人がいなかったら、
「なーる」
「土蔵の中で蝋燭はひとりで消えるはずはないよ。半分も燃え残っているのは、誰か消した証拠だ」
「へッ」
「弥惣がまさか提灯の蝋燭を吹き消して、それから石の唐櫃に首を突っ込んで死ぬはずはあるまい」
「すると?」
「もう一人、人間がいたはずだ。――弥惣の相棒かも知れない。弥惣が唐櫃の蓋に首を挟まれたのを見定めて、逃げ際に灯だけは消して行ったんだろう。どんなにあわてていても、火の用心のことだけは忘れない人間の仕業だ」
「?」
「唐櫃の蓋は一人じゃ開きそうもない。もっとも仕掛けを考え出せば別だ」
「あの蓋は、一人の力じゃどんなことをしても動きませんよ。下敷になった懐中煙草入を引出すのでさえ二人がかりでやっとでしたよ」
「その煙草入も面白いな」
平次は他のことを考えている様子です。
「弥惣と一緒に土蔵の中へ入ったのは、煙草入の持主の若主人じゃなかったでしょうか。弥惣と若主人は仲が悪かったそうですよ」
「いや、そんなはずはあるまい。――若主人が弥惣と相棒になって土蔵の八千両を夜更けに見に行くはずはない」
「弥惣に
と八五郎。
「脅かされて行ったか、――なるほどそんなこともあるだろうな。でも、昨夜のは若主人じゃないよ」
「どういうわけです、親分?」
「夜更けに、
と平次。
「なるほどね」
「だが、そんな重い石の蓋の下にあったのはおかしいな。――けさ小僧が死骸を見付けたのは何刻だ」
「早かったそうですよ。
「自慢の懐中煙草入を持っている時刻じゃないな」
「すると、どんなことになるでしょう、親分」
「こいつは思ったより奥行が深いよ。もういちど引返して、死んだ弥惣と倅の弥三郎の素姓。それから身持。紅屋の先代と弥惣の掛り合い、若主人藤吉と弥三郎の仲が悪くないか。――そんなことをよく聴き込んで来るがいい。俺も少し聴き出して来ることがある」
平次は仕度もそこそこに出かけるのです。
それから半日、夕景近くなってから、銭形平次と八五郎のガラッ八は、紅屋の店先でハタと逢いました。物蔭に八五郎を呼んだ平次は、
「どうだ八」
「みんな解りましたよ」
「どんなことが?」
畳みかけて忙しそうに訊ねます。
「若主人の藤吉と、弥惣の倅の弥三郎が、番頭彦太郎の娘のお
「そんなこともあるだろうな。それから」
「亡くなった先代の藤兵衛は、弥惣をひどく嫌っていたが、何かわけがあって、追い出すことも出来なかったそうですよ。――弥惣ときたら、酒乱で
「無理もない。あの男は
「そんなことまで親分は知っていたんですか」
ガラッ八は驚きの中にも出し抜かれ気味で、少しばかり不平そうでした。
「二人の調べが合いさえすればそれでいいのさ。それより明るいうちに、もういちど土蔵の中を見せて貰おうか」
平次はガラッ八一人をつれて、土蔵の中に入り込みました。幸い秋の西陽が入口から深々と射し込んで、昼前に八五郎が来た時よりはかえっていろいろの細かいところまでよく見えます。
現場は八五郎の報告通り、何の変化もありませんが、平次は一生懸命土蔵の中を探しているうち、とうとう長いのは一尺五寸ほどから短いのは五寸ほどまでの、頑丈な棒を五六本見付けました。たぶん土蔵の修繕でもした時、
「八、懐中煙草入はこの蓋の下にあったと言ったな」
「ヘエ、――二人掛りで引っ張り出すのが精いっぱいでしたよ」
「そいつを一人ではめ込む工夫があるんだ。その煙草入を借りて来てくれ。それからついでに力のありそうな男を四人ばかりつれて来てくれ。なるべく店の者でない方がいい」
「ヘエ、――」
八五郎は飛び出すと、間もなく
「銭形の、何かまた嗅ぎ出したのかい」
佐吉はそう言いながらも、他意のない笑顔を見せるような肌合いの男でした。
「変なことがあるんだ。ちょいと力を貸してくんな」
平次も
「いいとも」
「懐中煙草入は、場所柄に不似合いな品だと思わないか、佐吉親分は?」
「そう思うよ。だから弥惣が殺されたと聞いても、仲が悪かった若主人を縛る気にならなかった」
「さすがに佐吉親分だね。――煙草入はこうして石の蓋の下に入れたんだ」
平次は一尺五寸ほどの棒を、石の蓋の彫り窪めた段にかけると、有合せの木片を支点に、グイと押しました。石の蓋はわけもなく一端を挙げて、懐中煙草入はスルスルと入ります。
「あッ」
「この通りだ。煙草入は若主人を
それは骨の折れる仕事でしたが、力自慢の大の男が六人で、どうやらこうやら石の蓋を唐櫃の上へ載せました。蓋は少しの
「これを一人で開けるのが仕掛けだったんだ」
平次は紐の付いた棒を、唐櫃と蓋の間に造った、少しばかりの彫り窪みに当ててグイと押しました。
「あッ」
蓋はまさに三寸ほども口を開いたのです。素早く左手を働かせて、その隙間に短い棒を挟んだ平次は、同じ作業を幾度か繰り返しているうちに、とうとう一番長い一尺五寸の棒を唐櫃と石の蓋の間の突っかい棒にし、人間が上半身を入れて、楽々と千両箱を取出せるほどの大きな口を開けさせてしまったのです。
「ここへ弥惣が首を入れた。弥惣ほどの者も唐櫃の中の小判に眼がくれて、突っかい棒に付いている真田紐などには気が付かなかった」
そう言いながら平次は、手頃の空箱を一つ、唐櫃の蓋の間に挟み、
「腕ずくでは、弥惣をどうすることもできなかった
言葉と共に突っかい棒の紐を引くと、
「あッ」
ガラッ八も、佐吉も、佐吉の子分も思わず声をあげました。突っかい棒は苦もなく取れて、百貫近い石の蓋が落ちると、間に挟んだ木の小箱は、
「それをやったのは誰だ、銭形の」
鎌倉河岸の佐吉は詰め寄ります。
「そこまでは考えなかったよ。――下手人はこれから捜すんだが」
平次は深々と腕を組みました。赤い夕陽が土蔵の中へ長々と
それからガラッ八と佐吉は、下っ引を動員して調べ抜きましたが、弥惣をいちばん邪魔にしていそうな若主人の藤吉は、その晩持病の腹痛を起して、
こんな騒ぎがあったと知ったら、石の蓋の下へ、骨を折って懐中煙草入を差込む者もなかったでしょう。
日頃弥惣に
「するといったい、誰が弥惣を殺したんだ」
ガラッ八が不平らしく言うのを、
「俺と一緒に来るがいい。
平次は、その晩遅くなってから、八五郎と一緒に鍛冶町の裏の、ささやかな家の、番頭の彦太郎を訪ねたのです。
「どなた様でしょう?」
灯を持って、入口に迎えた娘お筆の、

「父さんは、いるかい」
「え」
「平次が来たと言ってくれ。――いや取次ぐまでもない、お前に少し訊きたいことがある」
「ハイ」
「この
「?」
平次の出した真田紐の不気味な謎が分らなかったものか、お筆は大きい眼を見張りました。細面の大きい眼の、やさしい
「父さん、今晩は飲んでるかい」
「いえ、ちっとも」
「昨夜も飲まなかったろう」
「え、――どうしてそんなことを」
「毎晩一合ずつ飲むのを楽しみにしていることは、角の酒屋で聴いたが、昨夜と今晩は酒もうまくはなかったはずだ」
お筆はなんと言って取次いだものか、後ろの方を気にしながら、途方にくれて入口に坐ってしまいました。
「弥惣は悪いやつだ。お上でも調べは付いている。――紅屋へ入り込んで、主人や彦太郎を脅し、
平次は上がり
「若主人の代になると、弥惣の倅の弥三郎が、道楽を教え込むのに骨を折ったが、若主人の藤吉はよくできた人間でどうしても悪い方に向かない。仕方がないから弥惣は、番頭の彦太郎を脅し、――たぶん刃物くらいは持出したことだろう。とうとう土蔵へ案内させて、石の唐櫃まで開けさせた」
「まア、お父さんが、そんなことを」
お筆は顔色を変えて立ちかけるのを、平次は静かに留めながら続けました。
「俺の言うことが違っているなら、お前の父さん、――紅屋の番頭彦太郎は、隣の部屋で黙って聴いてはいないはずだ。――いいか、何がどうあろうとも、人を殺して許されるわけはない。俺は踏込んで、父さんを縛って行くのはわけもないが、それではお上にも慈悲のかけようがない。言わば忠義のためにしたことだ。十手捕縄を預かってはいるが、俺にはどうも彦太郎が縛れない。――いいか俺は教えるわけじゃないが、岡っ引に縛られる前に、八丁堀の組屋敷へ駆け込んで、笹野新三郎様御役宅に自首して出るがいい。自首をするとよくよくの罪でも御手加減がある。死罪が遠島、遠島が
「…………」
「ましてお前の父さんは、お主の家を思ってしたことだし、相手は兇状持だ。せいぜい遠島か所払い、ごくごく軽いお裁きで済むかも知れない」
平次はそれが教えたかったのです。娘のお筆も前後の事情を察したものか、ただもう泣き
「親分さん、有難うございます」
隣の部屋の彦太郎は泣き声で続けました。
「確かにこの私、――彦太郎が下手人に違いはありません。みすみすお主の
「どっこい、障子を開けちゃならねエ。お前の顔を見ると俺は縛らずには帰られないことになる。――そのまま裏口から、八丁堀へ駆け付けるのだ。いいか」
平次はなおも続けるのでした。
「――間違っても、俺の指図だなんて言うな。分ったか」
「親分さん、心残りは、――この娘、お筆のことでございます」
「心配するな。お筆は俺が引受けて、年内には紅屋に嫁入りさせてやる」
「有難い、親分さん。それじゃ、お頼み申します」
「あれ、父さん、私も」
お筆はあわてて父の跡を追いましたが、その
*
その後のことは言うまでもありません。死んだ弥惣は
その間にお筆は、平次が親元になって、紅屋に嫁入りし、煙草入細工をして、藤吉を
一件が落着してから、ガラッ八がいつもの調子で絵解きをせがむと、
「なんでもないよ。――提灯の
平次はこう言うのでした。