「江戸中の評判なんですがね、親分」
「何が評判なんだ」
ガラッ八の八五郎が、何か変なことを聞込んで来たらしいのを、銭形の平次は
「両国の
「馬鹿野郎、俺を遊ぶ
平次は威勢の良いのを浴びせて、コロリと横になります。こうすると軒に
「へッへッ、怒っちゃいけませんよ。ところでね、親分」
「なんだい、うるさい野郎だな。少し昼寝でもさしてくれ。――女角力を毎日覗いているような目出たい人間とは付き合いたくねエ。木戸銭だってまともに払っちゃいないだろう」
「冗談じゃありませんよ。女角力を見たのはたった三遍だけですよ」
「三遍見りゃたくさんだ」
「四遍も見ると、
「
「そんな
「ガク?」
「学問ですよ、親分」
「大層なものを借りに来やがったな。そうと知ったら、
平次は
「ね、親分、ひらめという字を知っていますか」
「ひらめやかれいに付き合いはないよ。
「ひらめですよ、親分。――
「フーン」
平次は一向気の乗らない様子です。
「町内の手習師匠に訊くと、ひらめを四角な字で書くと比目魚となる。
「それで解ってるじゃないか、俺の学なんか引合いに出すことがあるものか。魚扁に平はひらめさ、魚扁に丸くて長いのはどじょうで、魚扁に骨張っているのはほうぼう、物事はみんな理詰めだ」
「ところで
「大層な事を言うじゃないか、日比魚が何万両になるという話をもっと
平次もとうとう坐り直しました。ガラッ八の話術は近頃は一段と冴えて、とかく不精になりがちな平次を事件の真ん中に誘い込むコツを心得ているのです。
裕福な上州屋のことですから、御得意に大名方も三軒五軒、手持ちの材木もうんとあり、遺族が困るの、店がどうのという事はなかったのですが、ともかく、うんとあるだろうと思われた現金がほんの当座の帳面尻を合せるだけ、二つの銭箱に少々ばかり入っていたのでは、身寄り一統、奉公人も世間の人も承知しません。
半年の間、番頭の有八が
先代荘左衛門が生きているうちは、深川一円の評判になったほどの平和な家庭ですが――少なく見積もっても三万両の現金は、誰の手に入るだろうか――どうかしたら、誰かもう奪ってしまったのではあるまいか――といった疑いが、家中の空気をすっかり険悪にして、近頃はお互に隠し合ったり、
「何か手掛りはないのか」
一と通りの説明を聴くと、平次はこう
「それが、そのひらめなんで」
「ひらめじゃない
「なんだか知らねえが、死んだ荘左衛門の手文庫の中に、この三字が書いて封じたのが入っていましたよ。上書は跡取りの倅の名前――荘太郎殿――他見無用と断ってあったが、荘太郎は人が良いから皆んなに見せてしまった」
「フーム」
「何しろ荘左衛門という人は、町人のくせに学問が好きで、小唄も
「唐の都々逸てえ奴があるものか、詩だろう」
「その詩とか五とかいうのを高慢な友達とやり取りして喜んだという変り者だ。遺言だって並大抵の
「外に何にも言わなかったのか」
「卒中で一ぺんに片付いたんだから、長々と弁ずる
八五郎の話は、途方もない話術ながら、面白く筋を運んでくれました。
「それをお前は、誰に頼まれて乗出したんだ」
「番頭の有八ですよ――もっとも若主人の荘太郎も承知の上だと言いましたがね」
「宝捜しはイヤだが、ひらめから三万両手繰り出すのは面白いな」
「やって下さいよ、親分。うまく三万両見付かりゃひと
「馬鹿野郎」
「ヘエー」
「金で人を釣って、三万両捜させようなんて、太い野郎だ」
「あっしじゃありませんよ、そいつは有八の言い草だ」
「だから断って来な。馬鹿馬鹿しい」
平次の
「驚いたなア、どうも」
「驚くことはあるめえ。ひと身上になるじゃないか。お前が勝手にやるがいい」
「へッ」
ガラッ八は面喰らって飛出してしまいました。身上を拵える気のないものは、どうも付き合いきれないとでも思ったのでしょう。
それから二日目。
八五郎は「大変」の
「さア、大変ッ、親分」
「また眼の色を変えて飛び込んで来やがる。御町内では馴れっこだが、江戸中大変を触れて歩かれた日にゃ皆んな
「大丈夫、路地へ入るまでは、大変のタの字も言わねえ。――何しろ大変ですぜ、親分」
「三万両の大判小判が見付かって、お前がひと
「冗談――そんな気楽なんじゃありませんよ。何しろ人間が一人殺されたんで――」
「なんだと、八」
「だから、あの時親分が乗出しゃ、こんな事にならずに済んだのに、――親分は妙に意地っ張りだから――」
「まア、
平次は八五郎の鼻息の荒さに苦笑しながら、事件の興味に
「それが解っていりゃ、深川からここまで飛んで来ませんよ」
「ホイ、また叱られたか。それにしても殺された人間は解るだろう」
「殺されたのは、若主人荘太郎の弟で、勇次郎という二十二になる男。――少し足が悪くて、あまり外へは出ないが、智恵の方なら人の三倍も持っている男だ。――殺したのは判らねえが、あれは鬼だね親分」
「虎の皮の
「そんな証拠は残さねえが、首を絞めて殺した上、生き返っちゃ悪いと思ったか、
「フーム」
「だから親分、ひと身上になるとは言わねエ。御上への御奉公、役目の表、一つ行ってみてやって下さい。
「四軒は変だね」
「一軒には親分を入れて、一軒にはあっしが入って、あとの一軒には叔母さんを入れる。家賃なんか
「それじゃ三軒じゃないか、あとの一軒は?」
「へッ、へッ、そいつは言えねえ」
「馬鹿だなア」
そんな無駄を言いながらも、平次はついガラッ八におびき出されて、木場の上州屋まで行ってしまいました。
その時は土地の岡っ引が三人、喜八に宗助に吉五郎というのが、いい加減かき廻しておりましたが、さて何が何やら一向解らず、誰を縛ったものだろう――といった、
「おや、銭形の」
吉五郎は一番先に、ガラッ八の案内で乗込んで来た平次を見付けて、ホッとした様子でした。
「八五郎に聴いたんだが、変なことがあったそうだね」
平次は
「まア見てくれ。銭形の
吉五郎は先に立って、勇次郎の部屋へ案内してくれます。
「銭形の兄哥も聴いたはずだが、なんでも三万両とか五万両とかの、金のゆくえが判らないんだってね」
吉五郎は
「そんな事を八が言っていたよ」
「その三万両――まあそれくらいはあるそうだが、何しろあんまり金高が大きいので、こちとらには見当も付かないが、それだけの金が財布や
「なるほど、財布や箪笥へは入らない――さすがに兄哥はうまいところに気が付いたね。千両箱が一つ五貫目あるとしても三万両で百五十貫だ。それほどの大金がどこにあるのか判らないというのは
「ところが
「ヘエ――」
これは平次にも初耳でした。
「若主人の弟の勇次郎が、ゆうべ珍しく母屋へ来て晩飯を皆んなと一緒にやりながら、――
「フーム」
「家中の者が皆んな乗出した。――どこにある、どこにある――という騒ぎ、勇次郎は落着き払って、俺もまだ見たわけじゃないが、隠した場所だけは確かに見当が付いた。兄さんが俺に半分くれると言えば、明日にも教えてやる。足が不自由だから、俺には引出せない――とこう笑いながら冗談みたいに言ったんだそうだ」
「引出せない――と言ったんだね」
「そうだ。十人もの人間が聴いていたんだから間違いはない。弟の自慢を聴いて、一番喜んだのは兄の荘太郎だ。――それは有難い。お前には一生困らないだけの事をしてやりたいと思っていたから、三万両の半分なんてケチな事を言わなくてもいい。俺が継いだ上州屋の
「フーム、馬鹿か豪傑か、仏様だね」
「ただのお人好しさ」
そんな事を言っているうちに、先に立った八五郎は、中から勇次郎の部屋を開けて、縁側に立った平次に、
平次は部屋の四方から、家の構造をひと通り見て、地理的な関係を胸に畳んでから、
「八、そこの戸棚と押入を見てくれ。酒の道具か、徳利のようなものはないか」
「何にもありませんよ」
と八五郎。
「お勝手がなくて、食物は母屋から運んでいたんだそうだよ。母屋へ行って晩飯をやったのは、金の見付かった祝心と、皆んなをびっくりさせる
吉五郎は
「晩飯の後で、母屋からここへ食物か
平次は八五郎に
「親分さん、御苦労様で――私は有八でございます」
狐のような感じのする男です。
「いつか八五郎に――三万両の金を捜し出してくれたら、ひと
「いえ、そんなわけじゃございませんが――」
有八は恐ろしくヘドモドしております。三十七八の、材木屋の番頭だけに、小力のありそうな立派な身体です。
「ゆうべ飯の後で外へ出なかったのか」
「どこへも出ません。店先で手代の与三と若吉を相手に
「寝たのは?」
「
「お前は幾番指して、幾番勝ったんだ」
「与三と二番指して二番とも負けました」
「与三と若吉は?」
「二番ずつ指し分けになったようで」
そんな事を聴いたところで何の足しにもなりません。
母屋へ行って支配人の常吉に逢ってみると、これも
「実はね親分、
そんな事を言うのです。昨夜は店から一歩も外へ出ず、奥で甥の荘太郎と話しふかして、そのまま寝てしまったという言葉に嘘があろうとも思われません。
若主人の荘太郎は、典型的な若旦那の成長したので、人の良いという外には何の
「可哀想なことをしました。私が、金を見付けたらみんなやると言ったのが悪かったのかも知れません」
そんな事に気の付く二十五歳の若主人が、決して馬鹿や豪傑でないことは、平次も承認しないわけには行きません。
「そうとも限りませんよ。――ところで、勇次郎さんは、よっぽど学問があったようですね」
平次は外の事を訊ねました。
「父親は
つづいて若吉に逢い、与三に逢い、常吉の娘のお信に逢いました。これはまた恐ろしいお
「父さんはあんな事を言うけれど、私は勇次郎さんは大嫌い、歩くと
平次は何にも訊かずに逃げ出してしまいました。
最後に逢ったのは、若主人荘太郎の許嫁で、客分あつかいで祝言の待機をしているお道という娘でした。少し老けて二十二、色の浅黒い、眼鼻立ちのよく整った、
「ゆうべ外へ出なかったでしょうな」
平次の調子も、相手の品位に押されて物静かでした。
「ちょっと出かけました」
お道の言葉は予想外です。
「どこへ――」
「勇次郎様にお茶を差上げました」
「…………」
「若旦那も御承知の上でございます。勇次郎様は御酒を召上がらないので、ときどき
「?」
「ゆうべも晩の御飯が済んでお帰りの時、後でお茶が欲しいが――と遠慮しいしいおっしゃるので、下女の初やと一緒に
勇次郎に逢った最後の人でしょう。でも下女と一緒に行って一緒に帰ったという娘――この静かさと聡明さには、何の疑問を挟む余地もありません。
下女のお初を呼んで訊くと、正にお道の言った通り、勇次郎の望みで、荘太郎の許しを受けて離室へ行き、薄茶を立てて、
「親分、晩飯の後で
八五郎の報告は平次の調べとピタリと一致しました。
「それでいいよ」
と平次。
「もっとも皆んな
「それも解ってる」
木場から引揚げて、平次と八五郎は永代橋を渡るのでした。
「それじゃ下手人も解ったんですか、親分」
「解った
「誰です、親分」
「お前が考えたこともない人間だ。――そのくせ恐ろしい人間だよ」
「ヘエー」
「ところで、荘太郎とお道がなぜ祝言せずにいるか、本当のわけをお前知ってるかい」
「宝捜しのゴタゴタで――」
「そんな事もあるだろうが、本当のところは、あの祝言の
「ヘエ、そんな野郎が居るんですか」
「野郎じゃない女だ、――お信が荘太郎の嫁になりたかったんだよ」
「ヘエ――、あの転婆娘がね」
「それに親の常吉もその気だったかも知れない。勇次郎と一緒にしたかったと言ったのは嘘だ」
「なるほどね」
「それから殺された勇次郎も、兄貴とお道の祝言には水を差していた。兄貴は人が好すぎるが、お道は人間が
「なるほどね」
「それに番頭の有八も――」
「それじゃ店中皆んなじゃありませんか」
「でも本人同士は好きで好きでたまらないようだから、いずれ近いうちに祝言するだろうよ」
「おや? 親分、どこへ行くんで?」
「八丁堀へ行ってみるよ」
「ヘエ――」
「あの殺しは、俺には解らない事だらけだ。
平次はそんな事を言いながら、
「平次か、だいぶ顔を見せなかったな」
新三郎は若くて闊達で銭形平次の
「旦那、お智恵を拝借に参りました。今度ばかりはまるっきり見当も付きません」
平次は笹野新三郎の学問と人柄には、日頃から
「お前に解らないことが、
「ゆうべ殺しのあった上州屋は、三万両からの金を
平次はさすがに打ちひしがれた調子です。
「待ってくれ。そいつは俺にも解りそうもないが、上州屋の名は何とか言ったな」
「荘左衛門でございます。四角な字を読むのが好きで、詩とか五とかを作って、
「逍遥軒荘左衛門か。――なるほど」
笹野新三郎は首を傾けました。
「日比魚は
「大違いだ。――その日比魚というのは、どうかしたら、魚扁に日比と書いた字を崩したのではあるまいかな。――魚扁に日比なら
「ヘエ――そんな字がありますんで?」
「あるよ。上州屋が逍遥軒荘左衛門と名乗るから気が付くんだ。あの鯤という言葉は、支那の『
「つまらねえものを引合いに出したもので――」
平次は
「その後がまた面白い」
「ヘエー、もう少し読んで下さいませんか」
「つまり、その鯤という
「すると鯤の住んでいる北冥というのは何でしょう」
「北の海だ、〈
「すると、北の海を捜しゃいいわけですね」
「その通りだ」
「有難うございます。どうも学問にはかないません。もっともこれだけ付け焼刃の智恵でも持って行けば、もう悪賢い下手人なんかには負けません」
平次は独り言をいいながら、新三郎の前を退きました。
「八、解ったぞ」
「親分」
室の外で待っていた八五郎は、平次の顔に動く勝利感を見て、ホッと安心したのです。ここへ来るまでの平次の顔色は全く今まで八五郎が見たこともないような険悪なものでした。
そこから
「この家の北の方には何があるんです」
平次はいきなり支配人の常吉にこんな事を訊きました。
「北海庵という庵室ですよ、――兄が寄進して十五六年前に建てた堂ですが、庵主が死んで、そのまま立ち腐れ同様になっていますが――」
「そこだ」
平次が飛付こうとするのを、常吉はあわて加減に止めました。
「そっちからは行けませんよ。厚い
争うべき筋合もないので、平次は常吉の導くまま、生垣をグルリと廻って、裏口へ出ました。
おびただしい材木を漬けた堀の縁を通って、北側の庵室――北海庵の前に立った平次は、あまりにも荒れ果てた様子に、少なからずがっかりさせられた様子です。
「親分、
「黙らないか、八」
平次は八五郎の
「だって親分、ここに魚なんかいるわけはないじゃありませんか」
「あれは何だ」
平次の指は真っ直ぐに、仏壇の前に据えた
「なるほど木魚とはよく付けた――魚に
八五郎は飛んで木魚を押えました。こいつが下手人ででもあるかの意気込みですが、禿ちょろの木魚は八五郎が考えた
「木魚の中を見るんだ」
「ヘエー」
引っくり返すとカラカラと鳴って、やがて転がり出たのは、丈夫そうな鍵です。
「それをどうするんで、親分」
「
その時は、もう上州屋の家族が全部そこに集まって、銭形平次の動きを好奇と、不安とで見詰めておりました。
平次はその人達の視線に送られて、上州屋の
平次はその鳳凰の飾りを抜くと、その下にある鍵穴に、木魚から取出した大鍵を入れました。見当さえ付けば謎を解くのは大道を行くようなものです。
カチリと音がして、平次の手に従って巨大な水盤は動きます。その跡にポカリと口を開いたのはなんと人間が二人くらい楽々と通れるほどの大きな穴、しかも夕陽に照らされて、
「御主人はこの中へ降りてみて下さい。中には三万両の小判があるはずだ。
「…………」
荘太郎はさすがに
「もう危ないことは少しもありません。あっしが一緒に行って上げましょう」
つづいて若主人の荘太郎。
ややしばらく降りると、三畳ほどの小さい部屋になって、四壁にぎっしりと千両箱が積んであります。その数はざっと三十七八。
「これをみんな弟にやる
荘太郎は暗然としました。
「御主人、あなたは仏様のような方だ。その心掛けが、あなたを救ったんですよ、それ――」
平次が指さした壁の上、ちょうど二人の帰り
「あッ」
驚く荘太郎を、平次は軽く押えました。
「もう大丈夫、それ水が止まったでしょう。八五郎が悪者を
「帰りましょう。親分」
「もう帰る途も開いたはずです」
「えッ」
「二人ここで三万何千両の小判と一緒に
平次はそう言って、荘太郎を
「親分」
ガラッ八は飛付きました。
「下手人はどうした」
「あの女ですよ。あんまりびっくりしているうちに、あの女が穴の入口を塞いで水門を開いたんです」
「だからあれほど気を付けるようにと言っておいたじゃないか、下手人はどうした」
平次は何もかも
「少しの手遅れでした」
「どこだ」
「離室へ飛んで戸を閉めてしまったんです」
「それもよかろう。が、放っておけない。さア」
平次は八五郎らと力を合せて、離室の戸を打ち破りました。中へはいると、
「あっ」
血潮の海の中に、荘太郎の
*
帰る途々、ガラッ八の燃える好奇心に釣られて、平次は簡単に説明してやりました。
「勇次郎の死骸は、殺し方があんまり念入りすぎたので、毒害したのを
「…………」
「それをわざと物置から持出した大綱で絞めて、
「ヘエー」
「ゆうべ、晩飯の後で離室へ入ったのはお道だけだ。下女と一緒に行って、茶を立てたのを隠そうともしなかったのは、あの女の太いところさ。そのとき勇次郎の
「なんだって女のくせに勇次郎を殺す気になったのでしょう」
「勇次郎がお道の性根を見抜いて、兄に祝言をさせないように仕向けていたんだろう。それに三万両の大金を勇次郎が見付けると、人の好い荘太郎はみんなやると言った。――お道にしては、ゆくゆく自分の物になる金を、みすみす勇次郎に横取られるような気だったんだろう」
「そんなに解っているなら、なぜもっと早く縛らなかったんで――」
「証拠が一つもなかったよ。あのお道というのは、恐ろしい女だ。――そこで、笹野の旦那に教えて頂いて、三万両の謎を解き、次第次第に金の隠し場所に近づきながら、お道の顔色を見ていたのさ。お道はあの晩、勇次郎から何もかも聴いているに違いない。勇次郎は学問はあったが物を隠しておけない気楽な気性の男だった。――宝の
「ヘエー」
「それをお前がヘマして、殺してしまっちゃ何にもならない」
「相済みません」
ガラッ八はペコリとお辞儀をしました。
「まアいいやな、その方がかえってよかったかも知れない。三万両出てみると、ひと身上呉れるとは誰も言わないだろうよ。後で五両や三両のお礼を持って来たって、手を出すんじゃないよ。――お前が家作を四軒建て兼ねたのは気の毒だが、まアまア
「へッ」
「家賃の苦労をするのも、世渡りの張合いになって悪くないよ」
平次はそんな事を言いながら夕闇の町を神田の家へ急ぐのでした。
そこに女房が、一合